アクト・ビヨンド・トラスト(abt)のメンバーが、日々感じたことを徒然に綴る「abt徒然草」。号外的な第22回は、代表理事の星川淳です。
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宮城秋乃(みやぎ・あきの)さんをご存知だろうか。もし初耳だとしたら、東京中心のマスメディアが沖縄の重要ニュースをなかなか取り上げない責任が大きい。もちろんabtのFacebookページ読者なら、通称「アキノ隊員」に起こった最近の出来事に胸を痛めたり憤慨したりしている人は少なくないはずだが、改めて事態を整理した上で支援を呼びかけたい。
沖縄出身・在住のアキノさん(以下、この呼び方で統一)は在野のチョウ類研究家で、チョウ以外の生きものにも詳しく、とくに沖縄島北部ヤンバル(山原)地域をフィールドに調査・研究を重ねてきた。辺野古新基地と並んで米軍ヘリパッド群建設で揺れる高江地区周辺のリュウキュウウラボシシジミに関する論文は、日本蝶類学会で高い評価を受けた。また2020年秋には、権力と闘い、人権擁護の活動をした個人・団体を称える「第32回多田謡子反権力人権賞」を受賞されている。
2016年末、ヤンバルに大きな面積を占める米軍北部訓練場の過半4,000ヘクタールが日本に返還された。この背景には、奄美から沖縄本島を含め南の西表島まで琉球弧各地をつなぐ新たな世界自然遺産登録をめざしていたところ(2017年推薦)、おそらく審査関係者周辺から、南北に点在する候補地の中でも、さらに細かい分断のある点に疑問を呈されたことがありそうだ。実際、その後の展開では、現地調査を担当する世界自然保護連合(IUCN)が正式に、候補地に含まれていなかった北部訓練場返還地(以下、返還地)にも言及しつつ、分断された候補地を結びつけて十分な広さを確保するよう求めた(2018年)。世界遺産への推薦はいったん延期されたが、IUCNの延期勧告後まもなく、日本政府は返還地の約90%を「やんばる国立公園」に編入。そして2019年、日本政府から返還地を組み込んだ候補地が再推薦され、今年5月には返還地を含む世界自然遺産候補地に対してIUCNが世界遺産登録を勧告。7月下旬には世界遺産委員会での正式審査が予定されている。
一方、日本政府は2016年末の返還と同時に、跡地利用特措法に基づく返還地の「支障除去」(廃棄物や土壌汚染の除去)を開始し、わずか1年で完了を発表した。ところがその直後、アキノさんが返還地内に大量の米軍廃棄物が残されていることを明らかにし、次いで返還地の土壌からDDT・BHC・PCBなどの有害化学物質が検出された(2018~2019年)。
当初は、アキノさんが返還地で未使用や不発の弾薬類を見つけて通報すると沖縄県警察(以下、沖縄県警)が回収したのだが、2019年10月のIUCNによる現地調査に際し、沖縄の2つのNGOが返還地の米軍遺棄物を含む環境面の問題点を指摘した書簡を提出すると、その後はなぜか県警に返還地の未使用・不発弾薬類を通報しても回収しなくなり、それらが現場に残されるようになったという。
そこで2020年半ば、アキノさんは米軍廃棄物を北部訓練場へ持参して直接、元の所有者に返す運動を始めた。日米地位協定で、米軍は返還する基地の原状回復義務を免除されているのだが、それを知りつつアキノさんらしい非暴力の表現行為だろう。遺棄物の中には放射性物質のコバルト60が使われた電子管や、北部訓練場では使用しないはずの実弾があり、いまも現場に残っているそうだ。
アキノさんの問題意識はそこにとどまらず、そうした有害物・危険物が十分に除去されない状態の返還地を世界世界遺産にしていいのかを問い直す。事実、IUCNによる登録勧告は、自然遺産としての健全性に関わる米軍遺棄物にも、激しい騒音や熱風でヤンバルの生きものたちに悪影響を及ぼす各種米軍機の飛行にも言及がなかった。アキノさんは最近のブログ記事で、「今回の登録勧告は本来の純粋な評価ではなく、確実になんらかの忖度が働いたのだと考えています」と指摘する。
ところが6月4日、そんなアキノさんに対して沖縄県警は家宅捜索を行ない、活動に必須のパソコン、タブレット端末、カメラなどを押収した。去る4月7日、アキノさんが返還地で見つけた米軍遺棄物を北部訓練場ゲート前に置いて引き取りを求めた行為が、威力業務妨害、道路交通法違反、並びに廃棄物処理法違反に当たるという容疑である。かつてはアキノさんの現地通報に応え県警自身が回収していたくらいだから、まったくの言いがかりにすぎない。県警でも沖縄県当局でも国でも米軍でもいい、世界自然遺産推薦地にふさわしく金と人員をかけて返還地の徹底した遺棄物撤去を行なえば、アキノさんがこんな苦労をする必要はなかったし、アキノさんの行為自体そのことを訴えるものだった。県警の不当捜査は、国家権力の物理的・法的脅しによる萎縮効果を狙った、極めて卑劣なやり方だ。
じつは、不法なゴミや廃棄物を発生者・所有者の元へ持ち込む方法は、非暴力の表現行為として世界中のNGOやアーティストが繰り返し採用し、よほど悪質だったり実害が大きかったりする場合を除いて、罪に問われることは珍しい。よく似た例を挙げれば、1000台以上のトラクターに乗ったフランスの農民たちがパリへ押し寄せ、道路封鎖するなどして農業の窮状を訴えたニュースは目にしたことがあるだろう(過去に何度も)。全国の主要都市で、家畜の糞尿や腐った野菜を道路へぶちまけるといった抗議を続けたダメ押しだ。
それに比べると、静かに事実を知らせ、拾い集めた軍事遺棄物の一部を置いて善処を求めるアキノさんの告知行為は、なんと軽微で礼儀正しいことか! 現代の世界で、市民によるこの程度の表現活動に難癖をつけて取り締まるのは、よほど独裁的な国しかない。残念ながら、日本の現政権もその仲間入りをしたいらしい。
しかし、日本の市民社会はそれを許してはならない。ここ10年ほど、安保法制や特定秘密保護法など、憲法違反の疑い濃厚な法律が次々と成立し、日本は民主制から独裁制へ転落する崖っぷちにいると言ってもいい。
ちょうどアキノさんに対する不当捜査と重なる時期に、もう一つ「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案」(略して重要土地調査規制法案)」という名の悪法が衆参両院を通過・成立してしまった。この法律は法律と呼べないくらいあいまいで、基地や原発、そして「国境離島」と定義された地域の住民を対象に、国が行動・思想信条・資産を勝手に調べたり監視したりできる。まさにアキノさんが受けている有形・無形の脅しを、全国各地の“モノ言う市民”や“わきまえない人びと”に向けようとするものだ。
基地問題で苦しむ沖縄の人たちが敏感に反応しているが、規制対象の一類型である「注視区域」には国境離島が明記され、沖縄に限らず九州から台湾にかけて連なる琉球弧(南西諸島)の島々すべても含まれる(文末の「特定有人国境離島地域等一覧」リンクによれば、北海道、新潟、東京、石川、島根、山口、長崎、鹿児島、沖縄の島嶼部が該当)。法律の中身がいい加減なぶん、戦前・戦中の要塞地帯法や治安維持法より悪質で乱用されやすいと懸念されるゆえんだ。アキノさんへの不当な扱いは、その先取りと見るべきだろう。
この問題については、すでに多くの記事・論説や声明が出され、支援の呼びかけも行なわれているが、以下に主なものをご紹介する。可能な形で応援をお願いしたい。これはアキノさん個人に関わるだけでなく、日本の市民活動全体、ひいては日本の民主主義のゆくえを左右する!
【宮城秋乃さんへのカンパ】
振込先:ゆうちょ銀行 口座名義:ミヤギ アキノ
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