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トップページ コラム 【絵本の中の生きものたち】 自由にあこがれて(3)『ねずみ女房』(1977)福音館書店

自由にあこがれて(3)『ねずみ女房』(1977)福音館書店
ルーマー・ゴッデン:作、石井桃子:訳
W・P・デュボア:絵

「でも、わたしには、それほどふしぎなものじゃない。だって、わたし、見たんだもの。はとに話してもらわなくても、わたし、自分で見たんだもの。わたし、自分の力で見ることができるんだわ。」

abtの中の人(ヤギ)が、生きものの活躍する絵本を紹介する連載です。最初のテーマ「自由にあこがれて」の最後は、1匹のねずみの主婦(原題:Mousewife)の物語です。名前のない主人公の「めすねずみ」は、野外に生息するノネズミではなく、人間の家にひっそりと巣を作り、台所のおこぼれを集めて暮らすイエネズミです。ねずみの夫婦が暮らすウィルキンソンさんの家は、夫婦にとっての全世界でした。家のガラス窓の外には庭がありましたが、ねずみたちにとっては、遠く仰ぐだけの星のようなもの。春には木々に花が咲き冬には雪が積もっても、それが一体何なのか、ねずみにはわかりません。ハウスワイフならぬ「マウスワイフ」は、自分の暮らす狭い世界の外部を想像することもできず、毎日食べ物を準備して、夫と子どもの世話に明け暮れる存在として描かれています。それでも、めすねずみは窓の敷居に登って外を見つめるのが好きでした。おすねずみにはそんな彼女の行動は理解不能で、「おまえも、どうしてチーズのことを考えておられんのかね?」と言われてしまうのですが。

ある日ウィルキンソンさんの家に、近所の子どもがつかまえた「はと」が飼われるようになりました。籠に閉じ込められてふさぎ込むはとは、与えられた餌を食べようとしません。それをくすねに籠に近づいためすねずみは、はとから聞く外の世界の話に引き込まれます。風が麦の穂を揺らす様子や、木の種類ごとに違う音を立てる様子、雲を吹き飛ばす様子を語るはと。それは、彼女の知らなかった世界の話です。「もっと話して!」と言わずにはいられませんでした。毎日窓辺に行ってはとの話を聞くめすねずみに、「ねずみの女房のおるべき場所は、巣のなかだ。さもなくば、パンをさがしにいくか、おれとあそぶかするべきだ」とおすねずみは憤慨します。それでも、めすねずみは考えます。翼のある生きものが自由に飛び回ること、それができなくなることの意味を。「しまいには、身内の骨がこちこちになり、ひげはばかになってしまうまで、じっとしてなくちゃならないなんて!」、「あのはと、かごのなかにいちゃいけないんだ」。めすねずみは、腹が立って眠れなくなりました。眠れないまま巣を抜け出して、彼女が決断した行動とは……。

最近、「わきまえている女」という発言に猛烈な抗議を受けた政治家が失脚する出来事がありましたが、「わきまえる」という言葉や、「身の程を知る」と言った言葉は、私も嫌いです。家族がお腹をすかせないように働くことは大事だけど、それだけでは生きていることにならない。冒頭に引用したのは、めすねずみが勇気を出して窓辺に登り、初めて空の星を見たときの言葉でした。自由が何であるのかも知らないまま、ただ与えられた役割を果たして「チーズのこと」だけを考えて暮らすのが幸せだというおすねずみの考えは、やはり承服できません。1907年に生まれた女性である著者は、外の世界を知らずに家で暮らすイエネズミと、空から見た景色を伝えたキジバトの物語にどんな寓意を込めたのでしょうか。

今回のオマケは、ねずみ女房たちへの応援歌として、婦人参政権運動や女性の労働運動で歌われた『Bread and Roses』を紹介します。「私たちはパンを求めて戦うだけではなく バラをも求めて戦うのだ」という詩が初めて活字になったのは、1911年のことだそうです。次回からは、2つ目のテーマ「秘密のくらし」で3冊の絵本を紹介していく予定です。

『Bread and Roses』

Biography of Rumer Godden『Rumer Godden Literary Trust』