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トップページ イベントレポート 【Future Dialogue 】第10回  新刊『ネオニコチノイド 静かな化学物質汚染』の著者に聞くネオニコの問題点と脱ネオニコ戦略

プログラム

【開会あいさつ】星川淳/アクト・ビヨンド・トラスト(abt)代表理事
【 講演】「効きすぎるネオニコチノイド系農薬は人体にも影響する ~日本の子どもたちを守るための脱ネオニコ戦略」  
平久美子さん/ネオニコチノイド研究会代表
【質疑応答】平さんに聞いてみよう
モデレーター:美濃部真光/abt理事

ネオニコ解説書の決定版とも言える『ネオニコチノイド 静かな化学物質汚染』(平久美子著/岩波ブックレット)が2024年12月4日に刊行されました。ネオニコチノイド系農薬は、その強い毒性により昆虫だけでなく、ヒトを含む哺乳類の神経伝達や発達にも影響を及ぼすことが研究によって解明されつつあります。今回は著者の平久美子医師をゲストに迎え、ネオニコチノイド系農薬の危険性についてあらためてお話しいただきました。

 【開会あいさつ】星川淳/一般社団法人アクト・ビヨンド・トラスト代表理事

星川:新年から間もない日曜日に、Future Dialogue第10回にご参加いただき、ゲストの平先生、そしてZoomとYouTubeからご視聴の皆さま、ありがとうございます。この連続イベントは、その名の通り「未来についての対話」が目的です。

この未来は、単に今日から明日へと日付が変われば放っておいてもやってくる未来のことではなくて、私たちが作りたい未来、こうなってほしいと望む未来を引き寄せるための対話です。そして今回の「引き寄せたい未来」は、ネオニコチノイド系農薬をはじめ、ヒトにも生態系にも悪影響を及ぼす化学物質をなるべく使わない農業であり、そうやって作られた農作物や安全・安心な食べ物が当たり前になる、そういう未来です。

そのような未来を引き寄せる上で、力強い手引きになる本『ネオニコチノイド 静かな化学物質汚染』が、昨年の12月初めに岩波ブックレットから出ました。もうお読みになった方も多いかもしれません。これにはアクト・ビヨンド・トラスト(以下、abt)も企画段階から後押しし、数年がかりとなってなかなか難産でしたが、ネオニコチノイド系農薬について、いまわかるすべてが書かれている本です。

著者の平久美子先生とは、もう長年のおつきあいになります。abtのような助成基金では、調査・研究を応援しても、その結果や得られた知見で研究者が何を主張するかには一切関与しません。もしそんなことをしたら、農薬メーカーと御用学者のもたれ合いをただ裏返しただけになってしまいます。そのため、僕自身も今日は平先生から何を学ばせていただけるのか、心を白紙にしてお話をうかがいます。

最後に少しだけ、この本で僕が痛快だったのは、ネオニコチノイドという分類が不評になってアメリカで使用禁止になるなどし、「ネオニコチノイドではない農薬です」というふうに新世代のネオニコチノイドが新しく出てきているんですけれども、それらを「ニコチン性アセチルコリン受容体競合的モジュレーター」というIRAC(Insecticide Resistance Action Committee: Crop Life Internationalの殺虫剤抵抗性対策委員会)による「カテゴリー4」として平さんが分類し、「新世代も全部同じですよ」とちゃんと示してあるのがとても印象的でした。余談ですが、それでは平さんよろしくお願いします。

 【 講演】平久美子さん/ネオニコチノイド研究会代表・東京女子医科大学附属足立医療センター麻酔科
「効きすぎるネオニコチノイド系農薬は人体にも影響する――日本の子どもたちを守るための脱ネオニコ戦略」
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プロフィール)
1957年愛媛県生まれ。神戸大学医学部卒。専門は麻酔科学、臨床環境医学。東京女子医科大学付属足立医療センター非常勤嘱託。ペインクリニック環境医学外来担当。日本麻酔科学会認定医。日本臨床環境医学会理事、同環境アレルギー分科会代表。ネオニコチノイド研究会代表。


20年以上の取り組みをまとめた一冊

本日は「効きすぎるネオニコチノイド系農薬は人体にも影響する――日本の子どもたちを守るための脱ネオニコ戦略」というタイトルでお話しさせていただきます。ネオニコチノイド研究会の平です。この問題に約20年以上取り組んでまいりました。その総まとめみたいな本を最近書きました。

これが先ほどご紹介のあった岩波ブックレットです。題名は、『ネオニコチノイド 静かな化学物質汚染』。「わかる、使える〈はじめの1冊〉」というのが岩波ブックレットのコンセプトですが、これに従ってネオニコチノイドについて基本的に押さえておくべき言葉の定義や、基本的な資料をコンパクトに記載しました。そのため、絵や写真が少なくて、いまどきの本としてはかなり地味な仕上がりとなっているのですが、子どもたちを守るために、たとえば行政に提出する文書を書くときや、マスコミ媒体に記事を書くときにご活用いただけるかと思います。

普通に書くとだれかの悪口ばかりになってしまうので、かなり自重して削除した部分もたくさんございます。それを本日限定でご紹介するとともに、今後この問題を周りに広げていく際に参考になりそうな情報をお示しします。


政治や農業に携わる人、子どもの食事に関心のある人にも

まず「対象とする読者」は、スライドに挙げた方たち(政治家、政策担当者/農業に携わる人/こどもの食事に関心のある人)です[p.3]。政治や政策決定に携わる方々にぜひお読みいただきたいと思います。そして全体でたったの75ページなのですが、お忙しい方は、最初の「はじめに」のところだけでも読んでいただければと思います。自然と社会を維持するため、ネオニコチノイド問題は避けて通れません。10年後に「あのとき決断してよかった」という日が必ず来ると思います。

そして、農業に携わるすべての方々、将来を見通した事業の継続を図るのに役に立てていただけることと思います。子どもの食事に関心のある方にもおすすめです。食べ物に農薬が残留していても、「それは大したことがない」と農薬メーカーも行政も長年主張してきました。でも、それはどうやら裏目に出てしまったようです。いつの間にか日本は、栄養があって安全なものをいつでもどこでも十分に子どもに与えることができるという国ではなくなってしまいました。残念なことです。

このほか、自分だけは病気になりたくないと思っている方にもおすすめです[p.4]。少し注意することで、ネオニコチノイドの摂取は大幅に減らすことができます。そして、「農薬反対」と言われると引いてしまわれる方、私も実はそうでした。ネオニコチノイドの何が良くて何がいけないのか、事実として明らかにした上で、感情的にならず議論を進めるのは大切なことです。最後に、時代遅れになりたくないと思っている人。ネオニコチノイドを知らずして、社会、経済、そして、そのインフラである自然を語ることはできなくなっています。知識人に必見の書となっています。


日本で使われるネオニコチノイドと類似物質は11種類

目次は、このようになっております[p.5]。目次に従って話を進めさせていただきます。

第1章 日本人が作ったネオニコチノイド
第2章 なぜ効きすぎるのか?――生態系への影響
第3章 ヒトにも例外ではない
第4章 ネオニコチノイド汚染の現状
第5章 どのように規制するか?――農薬登録制度の盲点
第6章 これからどうする?――脱ネオニコチノイド戦略

まず「はじめに」のところですが、日本で使われるネオニコチノイドとその類似物質は11種類。1990年代前半から使い始め、2000年から2007年に倍増、その後は横ばい、400t超で推移しています。いずれも作用と物質としての特徴は似たりよったりで、基本的に同じものです。さまざまな名前の製品があり、通常それぞれに何が含まれているのか非常にわかりにくくなっています。そこで詳しい製品の情報をブックレットに載せました。殺虫剤を使っておられる方、ぜひこの本を参照していただき、お使いになっているものにネオニコチノイドが含まれているかどうか、ご確認ください[p.6]。


生態系やヒトへの影響がわかっても使用禁止にならない

〈第1章 日本人が作ったネオニコチノイド〉

ネオニコチノイドは日本人が作りました。まさに画期的な発明で、素晴らしくよく効く優れものの殺虫剤として、メーカーに巨大な利益をもたらしました。ですから、日本の農薬メーカーは、ネオニコチノイドの評価にとても敏感です。そして何とか売り上げを減らさないように頑張っています。そんなに頑張って売らなければ日本は無事だったのに、と思うこともしばしばです。現実に、彼らの思い入れに反して、世界的な評価は下がる一方です。

これは補足で、本にはない図なのですが、日本で使われているネオニコチノイドの出荷割合(2021年)と、それが海外でどのような評価を受けているかを示すグラフです[p.7]。グレーが生態系影響への懸念からEUで使用禁止になったものです。チアクロプリドは内分泌かく乱と発がんの懸念により使用禁止となりました。もともとチアクロプリドとアセタミプリドは、ネオニコチノイドの中では比較的ミツバチへの被害が少ないとして、特にヨーロッパでよく使われていました。現在ではアセタミプリドがまだ使われていて、ヨーロッパの子どもたちの尿からもアセタミプリドが分解されたものが普通に出てきます。

赤線で囲まれているのが食品に残留しているレベルで、何らかのヒトへの健康影響が確定的な物質です。このように、日本では生態系への悪影響やヒトへの健康影響があるとわかっていても、「農業に必要なものだから」とか「食料が輸入できないと困るから」という理由で使用禁止になっていないものがたくさんあります。国が認めた農薬だから使うのは違法ではないのですが、国が認めた農薬だから無害だというわけではありません。成人がたばこを買うことと吸うことは違法ではありませんが、体に毒であり、たばこの煙が周囲の人にとって毒ガスであるのと同じです。

ネオニコチノイドがなぜ効きすぎるかというと、昆虫をはじめとする節足動物の脳のニコチン性アセチルコリン受容体、略してニコチン受容体に、強く結合し離れないからです[p.8]。ニコチン受容体のまわりにネオニコチノイドを分解する酵素はないので、自然には分解されません。たとえ動物体内の別の部分で分解されても、ニコチン受容体への作用があることが多いです。そのため、脳の神経細胞は興奮しっぱなしになり、やがて死んでしまいます。ネオニコチノイドは環境中では半年以上分解されず存在し、水分子と結合し、植物の根や葉、実から浸透し、植物全体に行き渡ります。昆虫がその植物を食べると、細胞膜を自由に通過し、脳に達します。その結果、1990年代後半から2000年代にかけて突然虫がいなくなる、鳥がいなくなるという事件が世界中で相次ぎ、大騒ぎになりました。


1週間経ってから死んでいくプランクトン

〈第2章 なぜ効きすぎるのか?――生態系への影響〉

第2章では、どのようにしてネオニコチノイドが生態系に壊滅的打撃を与えるのかについて説明します。表紙にあるイラストは、藤原ヒロコさんの手によるもので、水生プランクトンの実験で使われた種を書いていただきました。ため息が出るほど綺麗な線描ですが、こうした目には見えないプランクトンたちが、豊かな恵みをもたらす水の生態系を支えています。右側の図で、赤い四角がヨコエビの一種、黄色い三角がフタバカゲロウ、青いひし形がカイミジンコの一種です[p.9]。

このプランクトンたちをネオニコチノイドの一つ、イミダクロプリドの入った水槽に入れますと、もちろん1L当たり100㎎から1000mgという高い濃度では、2、3日で死んでしまうのですが、その100分の1、1000分の1という濃度でも、1週間経つと死んでしまいます。最初の2~3日眺めていて大丈夫と思っても、1週間経つといなくなっている。こんな怖いことが日本各地の湖や池で起きました。


ドラックレイとキュプフミュラーの式

p.10の図のように、化学物質の作用について濃度と時間は反比例します。ドラックレイとキュプフミュラーの式といい、高い濃度ではすぐに作用が現れるが、低い濃度では作用が現れるのに時間がかかるという当たり前のことを言っていて、もともとドイツで毒ガスを研究していた人が見つけた法則です。毒ガスの濃度が高いとすぐ人間は死んでしまうのだけど、低い濃度だと時間がかかるがやっぱり死んでしまうという話です。そして、この図ではCという紫の部分が、使用した化学物質の体内濃度の時間的な変化を表しています。1回投与すると吸収されて、徐々に濃度が上がったのち、やがて分解されたり排泄されたりして濃度は下がっていきます。

そして、ネオニコチノイドの場合、昆虫の脳に対して起きる作用は赤い破線のようになります。すごい右肩上がりでぐっと上がっていくんですね。これは昆虫の脳のモデルとして、紙をイメージしてもらうとわかりやすいかと思います。脳が「ハエ取り紙」で、ネオニコチノイドは「ハエ」としますと、ハエが止まると引っ付いて離れず、くっついた部分は、以後ハエ取り紙として使えなくなります。周りにたくさんハエがいれば、あっという間にびっしりハエがついてしまいますが、ハエが少なくても、周りに1匹もハエがいなくならない限り、ハエ取り紙の綺麗な部分は時間とともに減っていきます。自然にハエ取り紙が綺麗になるなんてことは絶対に起こりません。

ですから、どんなに低い濃度でも、時間が経つと脳は真っ黒。すなわち機能する場所がなくなってしまう。実は、こういう殺虫剤というのは人類史上かつてなかったんです。

一方、すぐに標的から離れるけれども一時的にでも結合すると細胞にダメージを与える場合、青い破線のようになります[p.11]。撒いた分だけ作用を得ることができますが、全部は標的とは結合しないため、作用は時間とともに頭打ちになります。従来の有機リンやピレスロイド系の殺虫剤の作用がこのパターンです。死ななかった虫はすぐに復活してくるので、十分な効果を得るために繰り返し撒くとか、一度にたくさん撒いて長い間効かそうという話になるのです。ですから、有機リンやピレスロイドのつもりでネオニコチノイドを撒くと、とんでもないことになってしまいます。殺したい虫の周りにいる、殺したくない虫まで全部死んでしまうのです。


ネオニコチノイドによる、さまざまな中毒症状

〈第3章 ヒトにも例外ではない〉

第3章では、ヒトへの毒性について述べます[p.12]。使われ始めて約30年以上、その間、急性中毒、急性中毒に続発する化学物質過敏症、慢性中毒が続々と報告されています。また、生態系汚染や食品や水質の汚染による意図しない暴露により、急性中毒、肝臓、膵臓、腎臓などの臓器障害を起こすこと、生殖毒性、発達毒性、発達神経毒性と関連することが疫学研究により示されています。

上半分の作用(急性中毒、急性中毒に続発する化学物質過敏症、慢性中毒)だけなら想定内とも言えたのですが、下半分の作用が登録時にわかっていたら、多分登録はできなかったことでしょうし、登録されても緊急時の使用のみに留められていたと思われます。それが登録されてしまったのは、開発時のネオニコチノイドの安全性への評価が、結果として不十分だったからと言わざるを得ないのです。

ネオニコチノイドが大量に人体内に摂取されると、p.13に示したように、循環器、中枢神経、呼吸器、消化器、骨格筋、分泌、体温、瞳孔、腎に症状が一気に出ます。農薬として登録するにあたり人体実験はできないので、ヒトの中毒でどうなるかというデータは発売当初は皆無だったため、発売後10年くらいは、中毒診療に携わる医師による症例報告が相次ぎました。ただ、このような派手な症状で病院に担ぎ込まれても、集中治療を行なえば、数日経つと元通り元気になるというのが通例でした。重篤な後遺症がしばしば残る有機リン系殺虫剤とは対照的で、何となく「大したことない物質だ」という楽観論は当時根強くありました。


アセタミプリド散布後に受診患者が急増

ところが、ネオニコチノイドには別の顔がありました。ネオニコチノイドが比較的少ない量でヒトに中毒を起こすことに気がついたのは2004年夏です。群馬県の盆地周辺で、松枯れの原因となるマツクイムシを媒介するカミキリムシを駆除するために、大型の散布機を用いてアセタミプリドの水溶液が山林に連日散布されました[p.14]。この散布により、撒いてから1日ぐらいで松の木についたカミキリムシは100%駆除できたと報告されています。

ところが、散布の半日後から数日後にかけて、胸の痛み、動悸、胸の苦しさを訴え、受診する患者が急増しました。しかも患者の心電図にはさまざまな変化が見られ、それまで使われていた有機リン系殺虫剤が撒かれたあとの心電図変化とはまったく違う特徴を持っていました。このとき、ネオニコチノイドというものがあることを初めて知りました。「こんなものを撒くのは許されるのか」と、現地の開業医の青山美子先生が早速仕上げた原著論文を手に役所に訴え、群馬県での散布は中止となりました。

翌年の2006年、空中散布が中止になり、やれやれと思っていたら、突然国産の果物や茶飲料を摂取した人に、ネオニコチノイド中毒様の症状が出ることが相次ぎました[p.15]。急性中毒と同じく、循環器、中枢神経、呼吸器、消化器、骨格筋、体温、瞳孔、腎の症状が揃っていました。当時、私は普通の外来診療も行なっていましたが、原因不明の手の震えの患者さんがたくさんおられ、自分を含めて、みんな手が震えている印象でした。

当時の日本人のネオニコチノイド摂取はそれなりに多かったようです。これ[p.16]は日本人の食品残留ネオニコチノイドの平均1日推定摂取量を示すグラフです。それぞれの物質の一日摂取許容量(ADI)よりは少ないけれど、毎日摂るものに含まれていることが多かったようです。有機リンからネオニコチノイドに変わった直後で、先ほど申し上げたように、ネオニコチノイドを有機リンみたいに農家が頻回に撒くことが多かったのかもしれませんし、輸入農産物の影響だったのかもしれません。このような状況で、2004年、2005年と地域でアセタミプリドを撒いたので、住民の体内でのアセタミプリドのレベルがさらに上がったのかもしれません。実際、群馬の患者さんは、東京の患者さんと比べてはるかに重症でした。

ヒトが食品に残留した少量のネオニコチノイドにより中毒を起こすと、回復するのに長期間(早くても1週間、人によっては半年)かかることもまれではありませんでした。急性中毒よりも尿中濃度がはるかに低いのに、長期間引きずるのです。症状はおなじみの急性中毒で出る多彩な全身の症状に加えて、近時記憶障害といって、前日、前々日に食べたものを覚えていないという不思議な記憶障害でした。当時、ペットボトルの緑茶が発売され、これを毎日1L、2Lと飲む人に多く見られた症状です。分析するとアセタミプリドがそれなりの量、検出されて驚きました。


どのようにネオニコチノイドは体から抜けていくか

スライドにお示ししたのは、ネオニコチノイド中毒の症状がある人とそうでない人の尿中のネオニコチノイド量を比べた研究論文の図表です[p.17]。症状がある人はネオニコチノイドがより多く、高頻度に検出されました。といっても急性中毒よりははるかに低いです。

この研究を最初に発表した際に、アメリカ・カリフォルニア在住のある高名な方から、自分の娘は小学校教師だが、最近の子どもは教えたことがちっとも定着しなくて困っているというメールをいただきました。おそらく同様の症状がある人はアメリカにもたくさんいたのだと思います。こうした症状の患者さんは、論文を発表したのち、あちこちでネオニコチノイドの人への危険性を発信しているうちに徐々に減っていきましたが、いまだに患者さんは時々おられます。大体3週間ぐらい茶飲料の摂取を控えると症状が軽減します。

それでは、ネオニコチノイドはどのようにして体から抜けていくのか。福島の有機農業ネットワークの長谷川浩先生が実施された興味深い研究結果があります[p.18]。慣行栽培の農産物を摂取している人が、栽培に農薬を使わない有機農産物を摂取することで、尿からのネオニコチノイド検出がどのぐらい減るかを調べた実験の結果です。5日間の有機農産物摂取で、各ネオニコチノイドの尿中濃度は軒並み低下し、3割くらいにはなりました。

しかし、その先にも続けて有機農産物の摂取を30日間続けた家庭があり、さらに驚くべき結果が出ました[p.19]。しばらくネオニコチノイドの摂取を避けていると、イミダクロプリドやアセタミプリドの分解物のであるデスメチルアセタミプリド(DMAP)の排泄が増えてくるのです。実は、ネオニコチノイドは腎臓の機能にも影響を与えることが群馬の研究でわかっていました。ネオニコチノイドの摂取をやめて、ようやく腎機能が回復し、排泄できるようになるかもしれないのです。

スリランカで増加した腎臓病の調査

ほぼ同時期に、スリランカで行なったフィールド調査は、この結果を部分的に裏づけるものでした[p.20]。スリランカ北部の乾燥地帯では、1990年代以降、ネオニコチノイドの使用増加と並行するように、原因不明の慢性腎臓病患者が増加しました。井戸水を飲んでいる農家の男性に多かったのですが、患者数が村全体の人口の10%を超える地域もあり、社会問題化していました。

そこで、長年飲料水の水質調査に携わっておられた富山県立大学の川上智規教授のグループが、患者とその家族、同じ村の住民の尿を集めるとともに症状の聞き取りを行なったところ、慢性腎臓病とすでに診断された患者の周りに、その前駆症状と考えられる尿細管間質性腎炎と思われる尿の所見の患者がいて、両方の患者からジノテフランなどのネオニコチノイドが健康な人より多く検出されました。その後、コロナ禍で研究は継続できていませんが、ネオニコチノイドが腎臓に何らかの負の影響を与えている可能性が示されました。

ヒトへの毒性が確実な5種類とは

まとめますと、現在、ネオニコチノイドの中でヒトへの毒性が確実なのは5種類です[p.21]。チアクロプリド、イミダクロプリド、アセタミプリド、チアメトキサム、クロチアニジンです。チアクロプリドとイミダクロプリドは、主に肝臓で分解されると、それぞれニコチン並みにヒトのニコチン受容体に結合して作用する物質になります。

この5種類は、実際に殺虫剤の製剤を飲んで急性中毒を起こした事例が報告されていますし、実験でヒトのニコチン受容体に結合し作用することが確かめられています。ネオニコチノイドの発売前、約30年以上前に行われた実験では、脊椎動物のニコチン受容体のモデルとしてニワトリやネズミのニコチン受容体が用いられていました。それで大した作用が出ないと判断され、「ヒトには安全」と開発に当たった研究者が信じていたのです。

ヒトのニコチン受容体は大きく分けて、α7受容体とそれ以外の非α7受容体があります[p.22]。この両方に5種のネオニコチノイドが比較的低い濃度で結合し作用することがヒトの神経細胞で証明されたのは、ほんの数年前、ドイツの学者によってでした。急性中毒のときには、主に非α7受容体の刺激による自律神経節や神経筋接合部の作用、すなわち興奮して手が震えたり、脈が非常に速くなったり遅くなったり、唾液が大量に出たりなどの作用が目立ちます。

でも、ネオニコチノイドには、神経細胞以外にα7受容体を介した全身の細胞に対する作用もあるのです。α7がこんなにあちこちの細胞にあることが証明されたのは、これもまたここ十数年のことです。ネオニコチノイドは、血液脳関門だけでなく、血液精巣関門も胎盤も自由に通過することが、いまでは明らかになっています。ネオニコチノイドの分子の特徴からすれば、それは容易に推測できることですが、農薬メーカーは通過しないと長年信じていたようです。だから、たくさん売っても大したことにならないし、少々暴露を受けても大したことは起きないと、たかをくくっていたのかもしれません。あとから考えれば笑えないけれど笑い話です。

懸念される発達期の神経細胞への影響

ネオニコチノイドのヒトの神経に対する作用は大きく分けて、シナプス後作用とシナプス前作用があります[p.23]。シナプス後作用は、相手方の神経細胞のイオンチャンネルを開口させ、細胞内にカルシウムが流入して、ニューロンが脱分極といって興奮し、それに引き続き刺激に反応しなくなるという一連の反応で、急性中毒の症状は大体これで説明できます。

一方、シナプス前作用は、神経終末にあるニコチン受容体に結合して、神経伝達物質であるドーパミンやグルタミン酸を放出させて、精神神経疾患の原因となるほか、発達期の神経細胞に作用し、神経突起が伸びるのを邪魔したり、樹状突起スパインの形態変化をもたらして脳の形成を妨げたりして、発達障害を起こします。

ですから、先ほどのドラッグレイとキュプフミュラーの式、ヒトがネオニコチノイドを摂取した急性中毒の場合は、青の実線のようになります[p.24]。ニコチン受容体に結合し作用するものの、そのうち離れてしまうので、一時的に派手な症状が出ますが、1回限りの摂取であればやがて症状はきれいに消えてしまいます。しかし、例外があります。一つはヒトの発達期の神経細胞です。ネオニコチノイドが結合すると、その間、神経の発達が妨げられてしまうので脳に変化が残ります。青い破線の状態です。もう一つの例外は、繰り返しネオニコチノイドを摂取したときです。次から次へとネオニコチノイドが体内に入ってくるので、体内の濃度が下がらず、作用のピークが持続するようになります。群馬で起こった事態です。これも青い破線のようになります。

ネオニコチノイドの農薬登録時、低い濃度では哺乳類の神経細胞には作用しないことになっていました。だから登録できたのですが、そうではないことが2012年に、木村-黒田純子先生の論文で明らかにされたのち、ヨーロッパの対応が非常に早かったのは、この式をヨーロッパの政策担当者がよく知っていたからなのです。同じ哺乳類であるネズミの実験で使用禁止にしてしまうヨーロッパ。ヒトの細胞で証明されてもまだ使用禁止にしないアメリカと中国と日本。

アメリカや中国での疫学研究の結果は

それでは、実際の疫学研究では、どのような結果が得られているでしょうか。

最近の疫学研究は、主にアメリカと中国で実施されているのですが、それなりに有意差、すなわち各種ネオニコチノイドの暴露と、肝臓の病気、糖尿病、肥満、内分泌異常、貧血、精子の異常、男性ホルモン低下、性成熟異常、心血管疾患、慢性腎臓病との関連が示されています[p.25]。これらは先ほどのα7受容体への作用と説明することもできるのですが、体内でネオニコチノイドが分解するときの酸化ストレスによるものと説明する中国の学者もいます。とにかくヒトの健康を損なう物質であるという結論は変わりません。黒字は尿を調べた研究、赤字は血液を調べた研究です。

発達毒性についても、ネオニコチノイドとの関連が示されています[p.26]。発達期の神経細胞は、受精直後の2週間目ぐらいからヨーイドンで心臓や脳が出来上がっていく過程でネオニコチノイドが存在すると、ニコチン受容体への作用により心臓がうまく作られなかったり、脳の形成が妨げられて神経が移動すべきところに動かなかったり、ネットワークができないなどの不都合が起きることが、実験室レベルでも疫学研究でも示されています。

たとえばクロチアニジンは、最近アメリカで農薬登録時の非公開データがすっぱ抜かれて話題になりました。そのデータには、クロチアニジン投与により脳の形成が妨げられることが示されていました。ただ、使った動物の数が少なくて、明らかな差とは言えないことから無視されました。動物実験は、動物愛護の観点から使う頭数をなるべく減らすことが推奨されています。しかし、このように、それが本来の毒性を覆い隠してしまうことがあるのです。

最近の台湾の報告では、4~6歳の男の子で、尿中のクロチアニジン濃度が高いことと、流動性推理という知能テストの一部の結果が悪いことの関連が示されました。台湾では、この研究が実施された2014年頃、クロチアニジンが大量に使われていました。

農薬に汚染された河川や水道水

〈第4章 ネオニコチノイド汚染の現状〉

第4章では、ネオニコチノイド汚染の現状について述べます。日本の河川の水を調べてみると、ネオニコチノイド、特にジノテフランとイミダクロプリド、クロチアニジンが相当な濃度で検出されます[p.27]。それと同時に、他の農薬もいろいろな種類のものがたくさん検出されます。日本の農業では農薬の使用が推奨されています。農薬を使わない有機農業は少数派で、農薬は撒くべきときに撒くのがいい、という考え方がまだまだ主流です。

そのせいで日本の河川では多種類の農薬が検出されます。一つひとつは大した濃度ではないと言えるし、一年中というわけでもなく季節による変動はもちろんあります。でも、こういう水を飲料水として使おうとすると、活性炭処理がどうしても必要になってきます。代表的な農業県である新潟県では、すべての浄水場で活性炭処理を実施しているそうです。そうでない県では水道水から農薬が検出されます。

第2章で申し上げたように、イミダクロプリドやジノテフラン、クロチアニジンの河川からの検出がほぼ常時になってしまったら、おそらくその水系の節足動物は全滅です。命のカウントダウンが始まっていると感じるのは私だけでしょうか?

人体汚染も深刻です。日本のヒトの汚染は中国と同等で世界最高水準だと中国の研究者が論文に書いています。住民の尿の濃度を比べてみると、中国の方が高いものもありますが、日本の方が高いものもあります[p.28]。左側が子ども、右側が妊婦です。青が中国、オレンジが日本です。このような状況下で、先ほどお伝えしたような病気の増加や発達障害の増加が、尿中のネオニコチノイド濃度と関連した形で観察されているのです。

「使いすぎ」を規制するしかない

〈第5章 どのように規制するか?――農薬登録制度の盲点〉

第5章では、ネオニコチノイドの使いすぎへの対策が後手に回り続けている現状をお示しします。ここまで話を聞いていただいた方は、すでにお気づきでしょう。現行の農薬登録制度で、ネオニコチノイドに関して各食品の残留基準値を定めているのは、ほとんど意味がないのだと[p.29]。制限を加えるのであれば、使用する総量を規制するしかないのです。ましてや、ネオニコチノイドが効きにくくなったので残留基準値を上げて、よりたくさん使うなんて絶対にやめた方がいい。

「残留基準値が高い」=(イコール)「あまり効かない」=「たくさん使う」=「生態系と健康影響への懸念が増える」ということですから、残留基準値が高すぎるものは、すでに使う価値が少ないとして失効、すなわち使えなくするのが正しいです。そして、そういうものにこそ有機農産物化は意味がある。実際の有機農産物売り場もそうなっているように見えます。ヒトの1日許容摂取量(ADI)を定めるのも、あまり意味がありません。毎日摂取していれば、その分、体内に滞留して、人体の細胞はより長期間影響を受けることになってしまうからです。一生涯、毎日摂取しても心配ない量というのは、ネオニコチノイドに関しては検出下限周辺と考えています。

農薬に頼らない農業を目指す

〈第6章 これからどうする?――脱ネオニコチノイド戦略〉

第6章では、日本の農業がネオニコチノイドへの依存から抜け出すために、どのようなことが可能か考えてみました[p.30]。まず、水田における農薬使用の見直しです。水田で使われた水溶性の農薬はそのまま環境中に移行します。河川水もそうですし、地下水も汚染されます。

かつてPOPs問題というものがありました。脂溶性で、環境中で何十年も分解されず生物の体に蓄積され、しばしば環境ホルモンとして働くものです。ほとんどが製造禁止になっていますが、すでに国土と国民はPOPsに汚染し尽くされています。そこに水溶性のPOPsともいうべきネオニコチノイドをはじめとする農薬が、毎年大量に環境中に投入されているのです。農薬に頼らない農業の方向を目指すことは、最重要課題だと思います。

それから、ネオニコチノイドの販売と使用については、たばこに関して行われた政策が参考になります。必要悪としてあるものだがなるべく減らしたい、ということであれば、値上げと使用規制です。このほか、栽培するときに原則使用しないことにして、もし害虫の被害が出たら保険金が出るというシステム(農業保険)も検討に値します。実際にイタリアのヴェネト州で行われている方法です。

以上、ざっと本の内容をご紹介いたしました。書いてみてびっくり、意外と大きな物語です。まだお読みいただいてない方は、ぜひお手に取っていただければ幸いです。

最後に、ネオニコチノイドは、生態系に壊滅的打撃を与え、子どもの神経発達に悪影響を及ぼし、食料確保のアキレス腱となっています[p.32]。日本ではこの問題を後回しにしているうちに30年経ってしまいました。諦めたら負けです。いまこそ国民的な議論が必要なときではないでしょうか?

ここまでお付き合いいただいて、ありがとうございました。以上です。

***

 【平さんに聞いてみよう(質疑応答)】
モデレーター:美濃部真光/一般社団法人アクト・ビヨンド・トラスト理事

イミダクロプリドを作った日本人学者

美濃部:まず、「日本人が作ったということは、日本の農薬メーカーがこのネオニコチノイドを作ったということなのでしょうか」という質問が寄せられています。

平:一番初めに発売されたネオニコチノイドはイミダクロプリドといい、発売したのはバイエルというドイツの会社です。そのバイエルでイミダクロプリドを開発したのが利部伸三先生という日本人だったのです。ですから、バイエルに勤めていた日本人が作ったのです。

そのあと、利部先生のような方が日本にはたくさんおられ、残りのアセタミプリドやクロチアニジン、ジノテフランを開発され、あとシンジェンタ(本拠地はスイス)という会社がチアメトキサムを作りました。アセタミプリドは日本曹達、クロチアニジンは武田薬品工業、ジノテフランは三井化学で、全部日本人です。だから開発者の論文というと日本人がたくさん出てきます。

ネオニコチノイド問題に注目したきっかけ

美濃部:私のほうから少し質問ですけれども、平先生がネオニコチノイドに注目し始めたきっかけを伺えればと思います。先ほどのプレゼンテーションでも、20年前の群馬県の空中散布のことをお話しいただきました。そこが平先生がネオニコチノイドに着目し始めた時期なんでしょうか?

平:もともと2000年に青山美子先生とある学会でお会いしまして、当時群馬県では有機リン(系殺虫剤)の空中散布がすごくひどくて困っておられ、演題発表された後に、私がたまたま有機溶剤中毒で心電図に変化が出るという演題を発表したんです。そのあと一緒にお話しする機会があり、心電図でそうやって自律神経のことがわかるのだったら有機リンでも何か出るのではないかという話になり、青山先生に「患者の心電図を分析してみないか」と言われ、「はい、やります」と心電図を送っていただいたんですね。

それで心電図の様々な部分をノギスで計ってみたら、QT時間(心室の興奮の始まりから終りまでの時間)が延長していたんです。論文を調べたら有機リン中毒で特徴的な心電図変化として、QT時間の延長が書いてあった。実際に有機リンを撒いているときだけ、住民の心電図でQT時間が延長していたのです。この結果は2003年頃でしたか結構注目され、英文論文にもなって、有機リンの散布を止める一つのきっかけとなりました。

そこから有機リンは発達障害にもなるし、撒き続けるわけにいかないとなり、次はネオニコチノイドということで、ネオニコチノイドに変わっていったんです。だから有機リンに反対していた方は、有機リンよりはマシだからという感じでネオニコチノイドに変えようと。どこの農家でも、ネオニコチノイドのほうが本人への影響も少ないので、割とさっと広がっていったんです。

ところが、松林にネオニコチノイドを撒いたら、先ほどご紹介したように胸が苦しいという人がいっぱい青山先生のところに来て、「じゃあ心電図を送ってください」と申し上げ、またノギスで測ったんですね。そしたら、もう有機リンで見たのと明らかに違う。ネオニコチノイドに特有のニコチン受容体の作用というものがもしあれば、それは当然こういう心電図変化が出るだろうというものでした。私は麻酔科医なので、筋肉をリラックスさせる筋弛緩薬を使うのですけど、それがニコチン受容体に作用するもので、どんな心電図変化が起きるのだろうと研究していたのですが、それとそっくりだったんです。ということからハマってしまって、青山先生から山のように心電図を送っていただき、それをせっせと測って、それを論文にし、ということで、どんどんやっているうちに深みにはまって現在に至ります。

政府や農薬業界からの反発は?

美濃部: 20年前は、まだネオニコチノイドの認知度がいまより低かったと思うので、もっと政府や農薬業界からの反発みたいなのがあったのではないかと思うのですが、そのへんはいかがでしょうか?

平:空中散布のときの住民の心電図変化を学会で発表して論文を書いたりしていたら、農水省のホームページに、青山・平の言うことは根拠がないとわざわざ書いてありました。もちろん彼らは自分たちでは調べないし、気中濃度だけ測って、「こんな低い濃度で中毒が起こるがない」と言うんですよね。確かに当時の毒性学の常識からすればすごく少ない濃度だったんだけれども、でも実際に患者は苦しがっているわけです。そう思って治療していくと、そのうち治るということで、ずっと粛々と続けてきたということなんです。

なぜ「予防原則」が日本では広がらないのか

美濃部:予防原則について質問が寄せられています。「1992年の国連環境開発会議でリオ宣言が出されまして、そこで予防原則の重要性についても示されました。予防原則は、深刻な環境影響あるいは不可逆的な被害の恐れがある場合には、悪影響が不確かだったとしてもあと回しせずに未然に対処することが重要だということですが、なぜ欧州では農薬規制を考える根底に予防原則が採用されているにもかかわらず、日本では予防原則という考え方が広がっていかないのでしょうか」。

平:いろいろな説があると思うのですけど、一つは文化の違いだと思います。ヨーロッパの大陸系の人は要するに理論を好むのです。たぶん哲学的な問題もあるんだと思いますが、「理屈でこうなっているものは、そういう結論が導かれたら、その通りにするべきだろう」という、すごく理論を重視する方々なんですね。だから逆に言えば、メカニズムさえわかったら、もうそれは禁止していいという結論を出すのは彼らにとっては自然なことなのです。ところが英米系は、結果重視なんです。いくら理屈が合っていても、たとえば疫学調査で有意差が出るとか、患者の臨床研究で明らかな差が出るとか、実際に影響が出たことが確かめられてからじゃないと納得しないというか、行動には結びつかないという差があるんですね。

どちらかというと日本は英米系に属しているので、最初は「詳しいメカニズムがわからないから」とか言っていたのだけど、水俣病でもそうですよね、その次に「疫学調査で結果が出ないと」と言って。でもいまは疫学調査の結果が出たけど、その疫学調査の結果が怪しいとか何とか言ってですね、一体どこでこの人たちは決断するんだろうかと思っていたら、きっと永遠に決断したくないだけだった、ということだけがわかったみたいなね。どんどん反知性主義に傾いているような気はします。なかなかうまくいかないですね。

飲料メーカーからの反応や回答

美濃部:「ペットボトルのお茶が農薬で汚染されていると聞いて飲まないようにしています。アセタミプリドの検出量は現在も変わらないのでしょうか」という質問が来ています。飲料メーカーから何らかの誠実な回答などあるのでしょうか、という質問です。

平:最初は、ある健康用の緑茶で結構な量が出てきたんですね。それを学会で発表したんです。それをつい「H緑茶」と言ってしまったら、Hはあんまりだから他のにしてくれと、そのメーカーが泣きついてきたことはありました。なのでX緑茶にした、という感じです。そのあとはもう一切何もないんですけど、ただお茶に関しては、それをちゃんと分析して論文にしてくださる先生は結構おられて、せっせとそれで論文が出るうちに「やっぱり結構入ってるよね」ってことになった。

ですから、メーカーも、もともとそんなにペットボトルのお茶にたくさん茶葉が入っているわけではないのだけれども、たぶん原料の茶葉の濃度とかは、どのぐらいネオニコチノイドがあるかはしっかり調べて管理していらっしゃるのかなと想像はするんですけれども、直接メーカーの方からお話を伺ったことはないです。いっとき自動販売機の飲み物というと緑茶ばかりだったのだけど、最近明らかに減って、20個ぐらい並んでいるうちの1個か2個ですよね。販売量が減ったのじゃないかなって思うんですけど、詳しいデータは持っていません。

美濃部:それに少し関連するかもしれませんが、「平先生をはじめとするネオニコチノイドの研究者と農薬メーカー、あるいは農薬を使われている小売店や商品、お茶のメーカーさんだとか、そういった企業との対話の場というものは、企業側から何らかのアクションとかは出てきてないんでしょうか」。

平:それは一切ないですね。彼らは直接は何も言わないです。ただ、農薬のリスクコミュニケーションという不思議な職種の方がおられて、そういう方がSNSで何か適当につぶやいているというのは、風の便りに聞いたことはあります。ただ、そういう方がまともに論文を書いて安全性を主張されるということは一切ないし、書いてあるコメントを見ても、なんというか「この人、学者じゃないよね」みたいな、素人レベルの話なので、お構いするわけにもいかず無視しています。

「7年前と比べて生き物が減っています」

美濃部:あと、生き物が減っているというコメントが来ています。「千葉県木更津市に7年前に引っ越しました。当時、昆虫の種類が多くて、クモ、オニヤンマ、トンボ、たくさん見かけてたんですけど、いまはまったく見かけなくなりました。水田で多用されているアドマイヤーなどの農薬の影響でしょうか?」という質問が寄せられています。

平:私は生態学者ではないので、たぶんそうなんだろうな、とは思うのですけど、何ともいえないです。なんかじわっと効いているのですよね。最初のうちは大丈夫かなと思っていても、だんだん浸みてくるというか、だんだん広がるんですね。日本には生態学者がたくさんおられると思うので、当然データは取っておられると思うのですけど、割とその方面の論文はまだ少ないような印象を受けます。

美濃部:生態系影響の研究者からも少しずつ発表が出てきていますが、abtでも助成支援していますので、だんだんとエビデンスができてきているとは思っています。

農薬の登録抹消にはつながらないのか

美濃部:「ネオニコチノイドが発明されてから広く使われるようになってきて、さらに世界中で問題が広がって明らかになってきています。農薬の登録をしてお墨つきをもらってから長い期間が経って、いろいろ危険性がわかってきているのであれば、そういった新しい情報が農薬の再評価に生かしてもらえるような状況になって、もし影響が大きすぎるのであれば農薬の登録抹消ということにつながっていったりするのでしょうか」という質問です。

平:まさに、そうなるといいんですけれども、結構それはオールオアナッシングというか、白か黒かというか、もう黒だったら全部ダメよ、で。だから限りなく黒に近いけどグレーだから白にしちゃおう……みたいなところで、ずっと来てるんですね。論文はいっぱいあるけれども、彼らの論理からすると、農薬登録に必要なデータが最初から決まっていて、それさえクリアしていたら登録していいという、いまの仕組みではそうなっているんですね。だから、それに追加して、国として安全のほうをとって禁止することは、もちろん日本の権利としてあるんだけれども、でも日本で禁止してしまうと、たとえば輸入品にそれが入っていた場合は、もう売ることができないんですね。

ですから、たとえばお米が全然とれなくなってコメを輸入しようとしたときに、そこに多少アセタミプリドが入っていたら、その時点でそれはもう使えないというふうになってしまう。もう日本の食料自給はものすごいギリギリのところですよね。ですから、もしそういうときになったら、「その法律によって何も輸入できない。みんな餓死するのか」というような恐怖がどうも農水省のほうにはあって、だからそういうところであまり白黒つけて「これは絶対禁止」とかにはなるべくしたくないなと思っているのかな、と思います。

だからと言ってバカスカそのへんで撒いていいというものではないので、それはもうちょっと気をつけたらいいと思う。「農薬登録しているから使い放題」というのが、どうも私はおかしいと思うんです。やっぱりそういう危険性があるので、生産者の側でなるべくそういうものを使わないでという動きがもっと広がるといいなと思っているんです。それは市町村レベルだったら結構可能じゃないかなと思うんです。国全体で、みんな一律そうしようというものでもなくて、たとえば害虫の状況も日本全国一様ではないので、地域に応じて減らせるものはどんどん減らしていったらいいのではないかなと思っています。

類似の新農薬のリスクについて

美濃部:新農薬についてもお答えいただくことは可能ですか。ネオニコチノイドが危険だとわかってきていて、ネオニコチノイドに類似した構造の物質を使った新農薬も出てきているんですけども、その代替の新農薬のリスクについて何か情報があればお願いいたします。

平:情報はないんですね。まだ使用量が少なくて、わざわざそれを飲んでみたとかいう人もいないし、要するに中毒の報告もないし、食品にいっぱい残留してそれで何かなったという報告もないんですね。だから、まだわからないんですけれども、ただこれ似てるので、必ず同じ問題が出てくると思います、いずれは。これはもう時間の問題なので、こういうものを代わりに使って、確かにヒトの毒性なんかは一時的に言い訳できるというか、ちょっと言い逃れはできるかもしれないけど、ただ生態系にとっては同じものなんですね。

別の種類の新農薬に変えても、生態系は確実にやられます。いまは大丈夫でも、3年後、5年後には、ものすごい影響が出ると思います。だから、「これは安全」と言えるようなネオニコチノイド類似物質はいまのところない。それが「効く」ということは、使い続けたら必ずいろんな「生態系影響が出る」ということです。もう理論的にそれはわかっているので、そっちの方向には行かない方がいいと思うんです。

水道水汚染の事例

美濃部:水道水の汚染がかなり進んできていると思うのですが、平先生は秋田の事例なども書かれていると思いますが、いかがでしょうか。

平:出て大騒ぎになったんですよね。新潟は昔、水田での農薬使用によりがん患者が増えたらしいという問題があって、それで懲りて全浄水場で活性炭処理をされているみたいなのですけど、秋田はやってないんですね。やっていないから出るということなのです。そこで、いろいろな病気の有病率がどのぐらいあるかと調べてみると、医療過疎の問題などもあるのだけれども、秋田とか青森とかは、新潟に比べてかなり高い。別に因果関係を証明したわけではないんだけれども、県民の健康を守るということで、水の農薬汚染の問題を解決することはとても大事じゃないかなと思います。

コメ不足でネオニコフリー米も値上がり

美濃部:「コメ不足と言われており、ネオニコフリー米もとても値上がりしています。昨年は米の輸出が最高だったと聞きました。ネットの情報ですが、輸出先はアジア、アメリカが多いそうです。それらの国でのネオニコ規制について教えてください。ただでさえ貴重なネオニコフリー米がたくさん輸出されていたら、と心配しています」という質問です。

平:結局、高く買ってくれるところに売ってしまうということなんですよね、きっとね。

美濃部:日本でもっともっと流通してほしいのに、と。

平:そうですね。

美濃部:ネオニコフリー米の輸出が増えているのかどうかは、平先生はわからないですよね。

平:ただもう世界的には、オーガニックのものは奪い合いです。だから、そんな安くて買い叩かれるようなコメを作るよりは、ネオニコフリー米を作ったほうが経営的にはいいのじゃないかと思うんですけれども。そこにいろいろな難しい問題はあるというのは聞いておりますが。

美濃部:野焼きについてはいかがでしょうか。「ネオニコチノイドを使用した作物の残渣を野焼きしていて、とても不安です。ネオニコが散布された作物を野焼きして、ネオニコがそこから放出されるという可能性はあるのでしょうか」。

平:たぶんないはずなのですけど、知らないです。

美濃部:焼かれたらどうなるのか、わからないですね。

平:高い温度で焼けば、それは分解されるんだろうと思うんですけれども。

農家が農薬を使わないようになるには?

美濃部:「農家は何を理由に農薬を使っているのか、何かが変われば使われなくなるのか」という質問です。

平:そうですね、実際に農家の方に伺ってみたいのですけど、伝え聞いたところによると、普通に農協みたいなところで売っていて、農事歴といって「このときにはこれを撒きなさい」みたいなカレンダーがやってきて、その通りに農薬を買って撒いているという方が多い、というふうには聞いています。

そういう農薬を売る人は、売った価格の何%かが必ず収入になる人たちなんですね。売れば売るほど儲かるんです。だから、とにかく売る量を増やすのが、その人たちの営業としてのポリシーなので、結局たくさん使った方がいい。だから、「みんなカメムシ防除やりましょう」とか、「(田植え機で使う育苗箱の)箱処理必ずやりましょう」とか、そういう宣伝の仕方をするんですね。そう言われると何かやらないといけないようになって、もともと大してカメムシはいないのに、わざわざ撒くといったことをやっている。地域の村社会の中でそれが組み込まれているのが、実はとても良くないとは思うのですが、それは地域の問題として解決していただきたいなと思います。

給食のオーガニック化は有効な取り組み

美濃部:平先生のプレゼンの最後に、給食のオーガニック化も入れていただいていました。いまabtでもオーガニック給食を応援する助成プログラムをこのたびスタートさせました。子どもたちへの影響が特に強いネオニコチノイド系農薬、その子どもたちの未来の健康を守るためにオーガニック給食がすごく有効ではないかなと思うんですけれども、有機農業や有機農産物を、必要な人、特に子どもたちに対して届けるという意味で、巷ですごく活発になってきている給食のオーガニック化は、とても有効な取り組みなのかなというふうに思っています。平先生から、そのへんのことをお話しいただけますか。

平:私は実は、本にも愛媛県出身と書いてあるのですけど今治市出身なんです。今治市は全国に先駆けてオーガニック給食を始めたところなんですね。だから、ちょっとした因縁を感じています。悪いはずがない、絶対いいんですね。有機農産物を使って、子どもは「これおいしい」というし、それでいっぱい食べるし、やっぱり3食のうち1食がそうやって安全なものというのは、育児をやっている人だったらだれでも思うと思うのですけど、すごくありがたい、いいことなんですね。

だから、これはぜひ全国的に広がるといいなと思っています。ただ、あんまり農家いじめとか地元いじめになるようなことは、もちろんやらないほうがいいのでしょうけども、でもやっぱり子どものためなので、それぐらいはまわりの大人が取り組んであげてもいいのかなとは思います。

美濃部:このオーガニック給食の助成プログラムをスタートし始めたときに、abtの活動に注目されているいろいろな方々から、ネオニコチノイドを完全にフリー(ゼロ)にする「脱ネオニコ」というのは難しいのではないか、というご意見も度々寄せられました。けれども、そもそも「農薬は絶対に必要だ」という考え方自体が、強く日本の社会に根づいているような気がして、そこをabtのほうで少しずつ解消させていけるような取り組みを始められればいいかなと思っています。

平:ありがとうございます。「絶対ダメ」と言われちゃうと困ると思うんですけど、ただ他のもうちょっと残留性の少ないもので、いざというときにはそれ使っていいよぐらいの、軽いスタンスでまず始めていただくと、意外と何も使わずに済んだっていうことをよく聞きます。

生態系には害虫を制御するシステムがもともと備わっているので、殺虫剤を撒くと全部、いわゆる捕食者、害虫を食べるものまで殺してしまうので、それがかえってよろしくないということなので、本来の、しばらく昔に日本でやっていた方法に戻れば、ある程度はうまくいくはずなんですけれどもね。だから、ちょっとずつおやりになったらいいかなと思います。

美濃部:できるところから。毎月1回のオーガニック給食とか、いきなり全品目オーガニックに変えるというのはやっぱり難しいというか無理だと思うので、少しずつ始められればと思っています。

環境省の「エコチル調査」について

美濃部:環境省のエコチル調査の結果については、どう思われますか。

平:エコチル調査、本当にご苦労様だったと思うんですね。分析した検体数は何万検体に上ると思うんですね。あれだけの分析をおやりになって、一つわかったのは、もう日本の子どもは、本当に小さい頃からネオニコチノイドの暴露を受けている。妊娠中からも受けているということがわかった。それと、お子さんの発達度合いのアンケート調査みたいなのをやったら、やっぱりどうも発達に遅れがある人が、かつてよりもだいぶ増えていることがわかったのです。だからエコチル調査が明らかにしたのは、「胎内でネオニコチノイド暴露した子どもが、神経の発達にいろいろな問題を持っている」ことです。

ただ、少し残念なのは、お母さんについて調べた検体が随時尿(早朝以外の随時に排泄された尿)というものだったんですね。アメリカと中国では、尿を用いて疫学調査を始める前に、随時尿でネオニコチノイドの暴露の多い少ないがどの程度わかるかどうか、という実験をやったのです。そしてわかったのは、「随時尿では暴露の多い少ないはわからない」ということでした。なので、随時尿しかとっていないため、個々のお子さんについて胎内での暴露が多かったか少なかったかは、実はあの研究のデザインではわからないのです。

全般的には、「日本人の妊婦さんはみんなネオニコチノイド曝露を受けている」、そして「発達障害のお子さんが増えている」という、その2つの結論は明らかで、両者の関係が「ない」と証明されたわけでは絶対ないんです。「まだわからない」という状態なんです。

最終的にその点をクリアした上で、中国での疫学調査の結果が出ていて、有意差が出ているということなんです。だから、エコチル調査も他にいっぱい検体を取っていらっしゃるので、そっちの別の検体を使ってやったら、ひょっとしたら有意差が出るのかもしれないのですけれども、それは、これからを見守っていくしかしょうがありません。

尿検査結果の多い・少ないで中毒かどうかわからない

美濃部:大気中からの吸入、もしくは食物摂取を経由して、自分がネオニコに暴露したかどうかをすぐにわかる方法は、尿検査しかないのでしょうか。

平:よっぽど飲んじゃったとか大量に吸ったとしたら、それなりの量が出てくるかもしれないんですけど、ネオニコチノイドが普通の人間で中毒の症状を出すというのは、もともとネオニコチノイドは血液中のタンパク質と恐ろしくよくくっつくんですね。なので、大体30~70%ぐらいは、もう体の血液中のタンパク質と結合して一時的に保持されてしまうんです。だから毎日ちょっとずつでも食べていると、だんだん血液中に溜まってきて、それは全身を駆け巡って臓器にも移行する。ちょっとたくさん食べれば一時的に症状が出るかもしれないけど、でもほとんどは腎臓から普通に出てしまうので、すぐに濃度は下がってしまいます。

だから、昨日食べたよと言っても、それが翌日尿に出てくるとも限らないという、ちょっと複雑なところがある。「いっぱい暴露しちゃった」という直後だったら多少は高く出るかもしれないのだけれども、そこでまた腎臓に多少影響を受けてしまうと逆に出てこなくなる。ですから、尿検査は、あまりリアルタイムの曝露評価には向かないのではないかという気もしています。ただ目安として、自分が普段そういう暴露を受けてるかどうかを幅を持って知るためのものなので、それが多少多いから・少ないから、ということで、その人が中毒かどうかは実はわからないですね。やっぱり症状があるかどうかなので。

オーガニックでのコメ栽培

美濃部:「日本の米の値段を決める等級米制度は改善すべきだ」というコメントが寄せられています。まさに本当にその通りですね。

平:そうですね。たかが、そんなこともなかなか変えられないという、歴史というか、しがらみというか、大変なんですね。

美濃部:JAのほうでは斑点米の判別ができますからね。

平:はい、できるんです。

美濃部:面積からいっても消費量からいっても日本の主食であるコメについては、有機栽培の技術がすでに確立されているかと思います。なので、そういった点からも、オーガニック給食としてコメから取り組み始める効果や意義は高いのかなと思うのですけれども、その点はいかがでしょうか。

平:まさにそうだと思います。まず、できることからやって、とりあえずちょっとでも減らせることは、全部いちどきに始めるのがいいと思うんです。たぶんうまくいくものもあるし、うまくいかないものもあるのですが、とりあえず全部さっさと始めて、何十年先なんて言わずに5年後には半分になっているよとか、そのへんを目指してどんどん頑張るべきだと思うんですよね。子どもたちのために。

だって、もうこの30年放っていて、もう生まれる前から、生まれて育つ間もネオニコチノイドの暴露受けたという世代が存在してしまっているんです。たぶん1世代、2世代ぐらいはそうなので。だから、その子どもたちに「神経発達がうまくできなくてごめんね」なんて大人が謝ってもしょうがないんですよ。このまま、それがどんどん積み上がっていくことを考えると、もういまここで決断しないと、どうしたって手遅れになるというふうに思ってます。

「お金がなくてオーガニック給食ができない」は恥ずかしい

美濃部:オーガニック給食にシフトするにあたって、給食の費用が高まるんじゃないか、つまり一つひとつの家庭が負担する給食費用が高騰するんじゃないかという心配がよく言われるんですけども、そのへんはいかがでしょうか?

平:そうですね。そこでいきなりお金の問題を持ち出すのは、ちょっと卑怯かなと思うんだけど。もともと学校給食は3割ぐらいの自治体がもうすでに無償化にしているのですよね。なので、大人が子どもに「お金がないから子どもに食べさせるものが……」なんていう話は、恥ずかしくてできないですよ。子どもの数はただでさえ減っているんですよ。いっとき1年間に生まれる子どもは300万人いたのが、いま100万人切っているわけですから。

もともと給食を食べさせないといけない子どもの数が減っていて、大事な大事な子どもたちなのに、オーガニック給食をやるのに1人当たりの10円20円がそんなにもったいないのか、と私は思うんですよね。だから、そこは大人が頑張って何とかしましょうよ、というのが本当だと思う。別に農家が泣く必要はないと思うのですけど、熱意のある農家にちゃんと頑張っていただいて、なるべく足を引っ張らないようにして、ちょっとぐらい手伝って、やってくださったら少しインセンティブがついて、というのがいいかなと思うんですけれどもね。

美濃部:千葉県いすみ市や徳島県小松島市(JA東とくしま)のように、市区町村の補助もやりつつ、先ほど平先生からもお話があった農業保険みたいなことも取り組みつつ、少しずつ始められればいいかなと思っています。

平:ありがとうございます。ふるさと納税でカニもらって喜んでいる場合じゃないと思うんですよね。そういうお金が足りないところがあったら、どんどん、ふるさと納税してあげればいいんだと思うんです。

美濃部:最後の質問で、「農産物や水試料のネオニコチノイド含有量を分析する機関はありますか」という質問が寄せられてますけれども、インターネットで検索すれば結構出てきます。「ネオニコ分析機関」などで検索すれば出てきますので、ぜひ調べてみてください。

自分たちでできることから始めるしかない

美濃部:それから先ほどの話ですが、「出生率が低下しているのに、発達障害の子どもたちが増加していると聞きショックを受けました。オーガニック給食を全国で実施するにはどうすればいいでしょうか」という質問です。まあ、農家さん、消費者、それから市区町村の行政がタッグを組んでやっていかなければいけないと思いますが、平先生もう一言ありますか。

平:もうやっぱり、自分たちで何とかするしかないんですよ。国会で総理大臣や国会議員がいろいろ議論しているけども、そんな人たちがこっちを振り向いてくれて何かしてくれるなんて思っていたら、それでもう30年経っちゃったんです、日本は。

いま子育てをしている世代、そしてその上の世代が、子どもに何とかそういうものを食べさせてあげようと行動を起こさない限りは、何も始まらないんです。だれかが何かやってくれるのを待っていたらダメです。だからもう、さっさと始めたらいいと思います。それ反対する人がいたら、あんた何言ってんのって言ってね。

できない人にはできない事情があるから、無理強いはできないけれども、何とか子どもたちにそういう安全なもの食べさせたいという方は必ずおられると思うので、まずそういう人たちと友達になって、協力していただけるとすごく嬉しいかなと思います。

日本の農薬業界に伝えたいこと

美濃部:最後の質問で、「科学者として日本の農薬業界に平先生から、最後に一言物申す」みたいなことを言っていただければと思いますが、いかがでしょうか。

平:結局、農薬メーカーからネオニコチノイドの安全性ということでは、少なくとも日本で論文が出てきたことは一度もないんです。ですから、人体への影響というところでは、ほとんど会話は成立していない。こちらがどんなデータを出すのかドキドキしてご覧になっているだけだと思う。

申し上げたいのは、「売ればいいというものではない」ということです。ネオニコチノイド自体は素晴らしい農薬です。科学の最先端を駆使した素晴らしい製品なのだけど、たくさん売らなければいいんです。必要なときにはこれほど頼りになるものはないんです。それは大事にとっておけばいい。「たくさん売ればいい」というところに明らかな事実誤認があります。こういうものは、たくさん売ってはいけないのです。

「発売禁止にしろ」とか、私はそんなふうには言いたくない。むしろそういう大事なものはちゃんと取っておいて、もうちょっとネオニコチノイドみたいな作用の仕方をしない他のものを、なるべく必要最小限で勧めるというふうに、営業の方法、コンセプトを変えていただきたいと思うんですね。「たくさん売ればそれでいい」というのでは、それはもう世の中が終わってしまいます。

せっかく優秀な科学者が作ったものです。農薬メーカーは、それを大事にしてあげてください。あまりにも無造作に営業しすぎです。必要なときには使えるように大事に、使い方を指導をしていってくださったらいいなと思うんですよね。

美濃部:最後に、まだ本をお買い求めになっていない方が多いようなので、ブックレットの宣伝をお願いいたします。

平:さっき一生懸命宣伝したんですけど、そんなに読みにくくないと思います。もともとネオニコに関しては、いろいろなビジュアル面できれいな本がいっぱい出ているので、そういうものをお持ちの方もたくさんいらっしゃると思うんですけど、まずは「ネオニコチノイドってどういうものか」という最初の基本的なところは、この本にはまとめてあるので、そういうものと併せてご活用いただければいいかなと思います。

美濃部:ありがとうございます。質疑応答の時間はこれで終わりたいと思います。ありがとうございました。