abtは2021年1月8日(金)、“将来の事務局長候補”募集にあたって第2回オンライン求人説明会を開催しました。冒頭30分は、Future Dialogueと題してゲストに株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長の田口一成さんをお迎えし、abt代表理事・星川淳と「NGO市民セクターとソーシャルビジネスの微妙な関係」というテーマで対談を行ないました。社会課題をビジネスで解決するソーシャルビジネスの会社、ボーダレス・ジャパン立ち上げの経緯から、新しい社会起業家を支援するための“恩送り”のシステムや昨年立ち上げた「ハチドリ電力」と気候変動への問題意識など、田口さんのユニークな経営理念と社会課題解決に対する熱い思いをお聞きしました。対談の一部を採録しますので、ぜひお読みください。
ビジネス自体に社会課題解決の可能性がある
星川:まず、田口さんの自己紹介からお願いします。
田口:ソーシャルビジネスを専門事業とする株式会社ボーダレス・ジャパンを経営しています。ソーシャルビジネスとは、ビジネスを手段として社会課題を解決しようというもので、今はアフリカ、アジア、中米など13カ国、38社の事業体が活動しています。取り組んでいるテーマは、海外の貧困問題や雇用創出、貧しい小規模農家から農作物を買い取ることで農家を支える仕組み、国内ではホームレスの就職支援、耕作放棄地を使った有機農業など様々な会社があります。
星川:私からも自己紹介を。もともとは40年以上、物書きをしています。作家・翻訳家として80冊を超える本を出版しました。インド2年、アメリカ3年ぐらい、若い頃に海外生活も経験して、1982年から今いる屋久島に住んでいます。自給的な有機農業をやりながら、物を書いたり訳したりということをやっていましたが、その間にNGO的な住民運動、市民運動にも数多く関わってきました。そのピークとして2005年から5年間、国際環境NGOグリーンピース・ジャパンの事務局長を務め、その後2010年末にアクト・ビヨンド・トラスト(以下、abt)という市民活動支援の基金を立ち上げ、10年目に入ったところです。abtでは代表理事を務めていますが、代表理事をやりながら事務局長的なこと、シニアプログラムオフィサーや広報部長的な業務なども兼任しています。
田口さんとは3年ぐらい前にご一緒する機会があって、ソーシャルビジネスがどんなものかなんとなくは知っていましたが、組織論を含め内情を聞くと、自分が運営している基金の参考にもなるし、社会全体をこれからどう動かしていけばいいのかについて大いに刺激を受け、インスパイアされました。また田口さんには、abtからスピンオフさせたジャーナリズムX(エックス)アワードの外部選考委員もお願いしています。
今日の対談テーマ「NGO市民セクターとソーシャルビジネスの微妙な関係」とも絡んでくるかもしれませんが、田口さんは若いころNGOに関わった経験があり、そこで限界を感じてソーシャルビジネスを志したと聞いた気がするのですが、そのあたりはどうですか。
田口:実際にNPO・NGOに関わったことはないですが、学生の頃に貧困問題に取り組みたいと思い、NGOの方に話を聞いて回りました。そこでは、実際にNGOの一員として関わるのもいいけれど、よりダイナミック、かつ継続的にやり続けないとなかなか効果が出ない、特にお金の問題は常につきまとっていると聞かされて、お金の面からどうにかした方がいいよとアドバイスをもらったというのが事実です。それがきっかけになりました。
星川:それからすぐにソーシャルビジネスを始めたというわけでもないんですよね。
田口:NGOの方の話を聞いて最初に思ったのが、こんなに素晴らしい活動をしているのにお金の課題というのがあるんだなということでした。じゃあ、お金の面をサポートする側の人間になりたいと思い、それならビジネスだな、と。お金をNPO・NGO活動に送るための事業をやろうということで、利益が出ても出なくても、売り上げの1%を必ず寄付する会社を作るというのが最初の目的でした。
1年間大学を休学して、アメリカでビジネス留学をして、帰ってきてからはベンチャーキャピタルなどとも話をしたのですが、なかなか考えが合わないところがあって……。「より簡単に儲かる方法で行け」とアドバイスをもらうのですが、自分としては儲かればどんなビジネスでもいいわけではないという考えがあったので、いったん商社で2年間働き、25歳の時に今の会社を立ち上げました。立ち上げた時も売り上げの1%を寄付する目標でやっていましたが、性格的に儲かればなんでもいいという風には思えなくて、困っている人の方についつい目が行ってしまい、お金のためのビジネスというよりは直接的に問題を解決するビジネスを進める中で、ビジネス自体がそういう可能性を秘めているんだなという発見があって、それでソーシャルビジネスを専門にする会社に変わっていきました。
星川:それがいつぐらいですか。
田口: 25歳で立ち上げて1~2年目にはそうなっちゃいましたね。
政治家の“発言”が引き金となった「ハチドリ電力」立ち上げと、1%寄付への思い
星川:実際にNPO・NGOにお金を回し始めたのが、去年のハチドリ電力というわけではないんですか。
田口:立ち上がった最初の2年ぐらいは売り上げの1%、という志でいたので、実際始めていました。その後、寄付というよりビジネス自体で課題を解決する方向に変わっていきましたが、まさに昨年から始めたハチドリ電力という自然エネルギーを広める事業をやる中で、当初の志をあらためて思い出したのです。日本人はなかなか寄付文化がないけれども、生活のインフラである電気料金の1%というところから関わりをもってもらって、より関係性ができてくる中で追加の寄付をしてもらうなど、社会活動をしているすばらしい人たちとつながっていくといいなと思い、電気代の1%をNGO・NPOに寄付する仕組みを作りました。
星川:寄付先は選べるんですね。
田口:はい。おもしろいのが、みんな意外と選べないんです。ハチドリ電力は今、会員がすごく増えてきていて、業界でもびっくりされているくらいでありがたいですけど、最初は地球温暖化をどうにかしたいという文脈で入ってこられる方が多いので、それ以外の分野でもいろんな団体があることを初めて知って、家族でどこにするって話し合ったりして――。それって、まさに自分がどういう社会を作りたいたいのか、「どの団体を選ぶか=どういう社会を作りたいのか」ということなので、とてもいいきっかけになっているなと思っています。
星川:ボーダレス・ジャパンがやられてきたことは、ものすごく幅が広いですが、去年ハチドリ電力を立ち上げるときは、トーンが一段高かったじゃないですか。そのきっかけを教えてください。abtの事業にも関わることだと思います。
田口:いろんな社会課題がある中で、徐々に解決すればいい問題と今やらなければ次がないという問題があって、気候変動は後者だと思います。僕がハチドリ電力を立ち上げたきっかけは、世界中で火力発電を止めようという動きがある中、2019年にその時の経産大臣か何かが、火力発電を増やしますという発言をして、日本はそれで化石賞(※)をもらい、この時期に何を言っているんだと憤りました。自分はこんな国に住んでいるんだ、一事業家で終わっている場合じゃないな、こんなにまずい状態なのに、と感じました。
[※ 地球温暖化対策に後ろ向きな国に対して皮肉を込めて授与される賞。日本は直近の2019年12月に開催されたCOP25でも二度受賞した。]
その当時、すでに3年前ぐらいから自然エネルギーに切り替えていて、自然エネルギー普及の広報活動も自分なりにしていましたが、一方でなかなか広がらなくて、自分が今まで培ってきた力を、今こそ自然エネルギーしか売らない会社を立ち上げることで活かせるのではないか、自然エネルギー化への後押しになるんじゃないかなという思いでした。鼻息荒くやっている理由は、やはりタイムリミットがあるということですね。
星川:ですよね。グレタさんと同じ鼻息みたいな(笑)。
田口:ちょっと熱すぎる男なんです。
星川:だれか冷やしてくれる人はいるの?
田口:まわりのみんなに冷やされています。常々耳が痛いことを言う人がいることはいいことだと思っています。
利益は次の社会起業家に――“恩送り”の仕組み
星川:今日は、出会った頃にインスパイアされた組織論をちょっとみなさんにもシェアしたいなと思っていました。僕が覚えている中では、ボーダレスには3つの原則、「エコロジーファースト」、「ファミリーワーク」、「サムシングニュー」があって、その中でもいろいろ工夫があり、たとえば田口さんのような社長でも新人社員であっても賃金の格差は7倍以内にするとか、グループ内の既存の会社が利益を上げて、そのプールしたものを新しい会社が立ち上がるときに使ってもらう“恩送り”のシステムとか、月に一回、グループ企業同士で事業評価をするときに、社長同士が出ていくんじゃなくてナンバー2が出ていくという話とか。
田口:ナンバー2が出てもいいのですが、その月一回の会議は社長が出ていきます。
星川:ナンバー2が出ることで、社長が出ていくよりも切磋琢磨というか下からの人たちが力をつけていくし、互いの総合評価を社長同士がやるより深まるようなお話を聞いたと思いますが、そうしたボーダレスを回していく際の田口さんの工夫があれば、みなさんにシェアしてください。abtでも企業でもNGO・NPOでも、ヒントがありそうな気がします。
田口:僕らは株式会社で、ビジネスという意味では資本主義の枠組みに則ってやっているところはありますし、一見そうなんですが、そこを否定したいという気持ちがあります。資本主義というのは資本家がお金を出して、資本家にお金が回る。資本家と労働者という関係性で回っていくから貧富の差が開いていくと思うんですね。資本家という既得権益、会社でいうと株主ですが、利益が出るとその株主にお金が回ることで資本家はどんどんお金持ちになるし、中で働いている人は働くだけという仕組み。これは良くないなという思いがあります。
ひとつ面白いところで言えば、ボーダレス・ジャパンは株式会社ですが配当は禁止するというのがあります。ボーダレス・ジャパンの株主になってもまったくいいことありません。では、利益が出たお金はどうするのかというと、新しい社会課題に挑戦する次の社会起業家のためにお金が回る仕組みにしましょう、と。これが星川さんがおっしゃってくれた恩送りの仕組みです。社会課題のために挑戦したいけれど、銀行からお金を借りてやるのはリスクがあるし、お金があったとしても、スキルとか仲間集めとかいろいろな理由で立ち上げるのが難しいという人たち――そういう人が実はほとんどだと思うんですが――余剰利益が出たら、そういう人たちにそのお金を使って立ち上げを手助けする、マーケティングなどのプロのスキルを持った人も一緒に伴走できるようにする、そうやって新しい社会起業家誕生のサポートをして、その代わり彼らが黒字化して余剰の資金が出始めた時には、今度は次の社会起業家のためにお金を回す。この恩送りが脈々と広がっていくことで、仲間がどんどん増えていく。最初にお金を出した人が偉いということではなくて、受けた恩が次にちゃんと流れていくという形で、お金が、経済が流れていくということです。
星川:余剰利益が出たら特定の割合を出そうと決まっているんですか。
田口:割合は決まっていません。出したい分だけ出してくださいと言っています。利益が出ていても、まだ自分の会社のために使わなければいけない場合は1円も出さなくていいということです。ただ、みんなさっき言ったやり方でやっと黒字化してきているので、1円でも多く出したいという気持ちがすごく強い。どちらかというと、僕らが止めているような感じです。もっと自分たちの事業インパクトが大きくなるような投資をしたほうがいいいと、こちらが言うくらい、自分たちを削ってでもお金を出そうとします。
自立はしても孤立させないボーダレスの「ファミリーワーク」
星川:3つの原則のうち「エコロジーファースト」と「サムシングニュー」はわかりやすいですが、「ファミリーワーク」というのをちょっと説明してもらえますか。
田口:ファミリーワークは造語なんですが、よく言うチームワークですね。僕はなぜか昔からファミリー、ボーダレス・ファミリーと言っているんですが、考え方がウェットなんですね。創業時からお互い「家族」と思うような感じ。仲間が増えていって、それぞれが株式会社として独立しても、そのつながりというか助けあいの心がすごくあって、あるメンバーがファミリーワークって名づけたんです。
星川:なるほど。僕はそれぞれの家族も関係するのかなと思いましたが、そうではなくて、ボーダレス全体がファミリーということですね。
田口:そうですね、ボーダレスの事業体同士が、自社を超えた形での協力というか、他者への貢献というのをひとつのキーワードにしていますね。もちろん社員の家族を大切にするということもあり、家族の健康診断もやるとか、家族に見せるための外に出さない年次レポートを作るということもやっています。
星川:それはおもしろい。ボーダレスのビジネスそのものが利他で動機づけられているわけですからね。
田口:起業家ってみんな、自立はしたいけれど孤立はしたくないっていうのがあると思いますが、自立性は保ちながら、ひとりぼっちじゃないんだよという関係性はすごく大切だなと思います。今ボーダレスにいる人がみんな喜んでくれているし、そこに入りたいという人が増えているというのも、そこかなと思っています。いわゆる支配関係のように自分が意思決定してああしろ、こうしろということは一切ないですね。僕は意思決定者になっていなくて、ボーダレスグループの意思決定はすべて各社の社長の社長会による合議制で行なわれ、一人でもノーと言ったら決まりません。全員が拒否権を持っているんです。
星川:そうしたファミリーをさらにどんどん増やしていこうと、ボーダレス・アカデミーという起業したい人たちのための学校も運営するなど、他にも紹介したいことはあるのですが、最後に田口さん自身がコロナもあり、気候変動もあり、様々な問題も希望もある中で、今何を見て、何をしていこうとしているのかお聞かせください。
市民が政治に参加できる仕組みと、ローカル・ソーシャルビジネスへの挑戦
田口:二つあって、民主主義というか政治に対しては大きな課題があると思っていて、社会起業家が増えるための社会の仕組みという点で、さきほど紹介してくださったボーダレス・アカデミーを始めたりしていますが、これを活かして、政治家・地方議会も含めて、自治を行なう人たちにどうダイバーシティ(多様性)のあるチャレンジをサポートできるのか、だれでもそこに入れる仕組みを作れるかっていうのは今後トライしていきたいと思っています。
もう一つはソーシャルビジネスでいうと、今後はより小さくしていきたいというか、今まではグローバルで大きなインパクトのある形をめざしてきましたが、今は問題がどんどん細分化されていて、生活により直結したローカルな課題があり、自分が住んでいる地域の課題をいかに解決するかという、小さな社会起業家をサポートする仕組みを作っていかなければいけないと思っています。今は彼らをサポートする仕組みがない、たとえば、銀行がそういう活動に投資してもペイしないんですよね。今までの課題をインパクト・ソーシャルビジネスと呼ぶのであれば、より小さな社会起業家はローカル・ソーシャルビジネスと言えると思います。
星川:マイクロファイナンスのソーシャルビジネス版みたいな。
田口:僕らはマイクロ起業家と呼んでいますけどね。
星川:大切ですね。新しいチャレンジですね。もう着手し始めているのかな。
田口:今後また発表したいと思っています。小さな起業家のためのお金をサポートする仕組みとか。
星川:田口さんなりの工夫が詰まっているでしょうから楽しみにしています。
市民活動支援とソーシャルビジネスの接点とは
星川:対談テーマにある「微妙」という言葉に関わることでもありますが、僕自身がabtのような市民活動を支援する助成基金と、社会課題をビジネスで解決していくソーシャルビジネスの世界と、接点というかもっとダイナミックな関係ができそうだなという気がしていて、今後考えていきたいテーマです。たとえば、abtは寄付で成り立っていますから一生懸命寄付を集めるんだけれども、NGOでも絵葉書やカレンダーを売ったりして、ちょっとしたビジネスをやるじゃないですか。そういうものをもっとソーシャルビジネス的に展開し、基金が実際に向かい合っている問題に関わるビジネスをやるという攻めの姿勢があってもいいんじゃないかなと思うのです。二兎を追ってうまくいかない場合もあるかもしれないけれど、政治の世界でもリボルビングドアといって、議員や官僚をやったあと企業やNGO・NPOに戻るとか、その逆とかは海外では普通にあるので、そのひとつとしてソーシャルビジネスとNGO・NPOももっと流動的に、ダイナミックに関わってもいいんじゃないか、と。
田口:まさにそういう形でどんどん連携していきたいので、新しい事務局長になられる方ともいろんなお話ができればいいなと思っています。
星川:ありがとうございます。心強いです。