グリーンピース・ジャパンの関根彩子さんに、政府が明言した「農薬の使用規制」について聞きました。
abtのパートナーとして「小売店をネオニコフリーへ、消費者キャンペーン」を実施している国際環境NGOグリーンピース・ジャパンが、2017年1月にひとつの朗報を伝えてくれました。政府が「ミツバチを守るために農薬の使用規制も検討する」方針を表明したというこのニュース、どんな背景や意味があるのでしょう。ネオニコチノイド系農薬問題について、政府や小売店への働きかけを続けてきたグリーンピース・ジャパンの関根彩子さんに、お話を伺いました。
農薬を製造する住友化学の株主たちに、脱ネオニコを訴える関根さん(グリーンピース・ジャパンのフェイスブックから)
https://www.facebook.com/GreenpeaceJapan/posts/1231569133542359
政府が初めて「規制」という言葉を使った!
―― グリーンピース・ジャパン(以下、GPJ)の1月18日のブログで、政府が昨年末にミツバチの「被害の実態を把握するとともに、国内外の最新の知見の収集を行っており、これらに基づき、農薬の使用規制を含めた必要な措置を検討していく方針である」と表明したことが伝えられました。これは、2016年12月22日に、小川勝也議員が参議院で行った質問に対する安倍総理大臣の回答です。ネオニコチノイド系農薬という特定の種類が答弁で明言されているわけではありませんが、政府は規制に向けて動き始めたと考えてよいのでしょうか?
関根:今までにも、国会でネオニコチノイド系農薬の問題に関する質疑応答はあったのですが、「使用規制」という言葉が使われたのは今回が初めてです。今までの政府の答弁では「間違いのない対応」など、もっと曖昧な回答しか得られなかったので、大きな違いがあります。また、総理大臣名の回答であったことも重要です。これは農林水産省や、厚生労働省、環境省など問題にかかわるすべての省庁の同意を得たうえで、閣議が認めた回答になるからです。つまり、政府は規制を検討しなければならない責任があると考えてよいでしょう。
―― なるほど。それで、このニュースをGPJは大きく取り上げたのですね。では、なぜ今になって政府は前向きとも取れる方針を表明したのでしょうか。
関根:いちばん直接的なのは、昨年、農林水産省が、ミツバチ被害と農薬との関連性を認めたことだと思います(農林水産省「蜜蜂被害事例調査」2016.7.21。調査報告では、ミツバチの死滅は水稲のカメムシ防除の時期に最も多かったのですが、カメムシ防除に用いられた農薬が死んだミツバチから検出され、その多くはネオニコチノイド系農薬でした。農水省はまだ「表示で被害は防げる」と言っていますが、調査結果からは、もはや使用規制の必要性は否めません。この問題への国民の関心が高まっていることも後押しになっています。GPJでは昨年9月、皆さんから寄せられた23,655筆の「子ども・ミツバチ保護法を求める署名」を厚生労働省に提出しましたが、この声は農林水産省にも届いています。みんなの関心が高いことを知れば、政府としてもいつまでも問題をうやむやにしておくことは許されません。
―― それが「みんなの声が力に!」ということですね。私たちが声を上げることが規制の検討につながった、と。
関根:そうです。規制や法律を作るのは行政だったり議会だったりしますが、それが本当に私たちの暮らしや環境、食の安全を守るものになるためには、行政も議会も国民の声を聞く必要があります。農水省のアンケートだと、約半数は条件が整えば有機農業にしたいと考えているんですよ。動かすのは私たち一人ひとりの国民の声なのです。
規制を骨抜きにしないためには?
―― いっぽうで、規制の具体的な中身については答弁では触れられていません。今後どんな規制が作られることが可能性として考えられますか。
関根:動向について注視していかなければなりませんね。ありがちなのが、単に農薬のラベルにミツバチへの注意事項を記載する義務に留まっても、それで「規制」したというパターンですから。でも、私たちが求めたいのは、EUのようにまず即時に農薬使用の一時停止を行うことです。現行の農薬取締法によって、農林水産大臣は市販されている農薬の登録を取り消すことが可能(第6条3項)ですが、そのためには水産動植物や人間への被害が証明されなければいけません。証明は難しく時間がかかり、その間にもミツバチや他の生物への被害は拡大していきます。まずは特定の農薬が、たとえばミツバチや環境への悪影響を与えていることが「疑わしい」とされた時点で農薬に暫定的な使用停止措置を取れる予防原則を、今の法律に加えることが必要です。
―― 小川議員の質問では、水産動植物と水質汚濁にしか対応していない環境省の農薬登録保留基準に対し、送粉者(ポリネーター:ミツバチなど花粉を媒介する生物)保護のための対応を質していますが、これについては影響の「十分な科学的知見」がまだ得られていないという回答でした。欧州科学アカデミー諮問委員会(EASAC)やIUCN浸透性殺虫剤タスクフォースが、2015年の時点で多数の科学論文を精査してネオニコチノイド系農薬の生物への悪影響を結論づけています。それなのに、日本では科学的知見がまだ十分ではないと言う……いったい、どれだけの研究結果が集まれば「十分」になるのでしょうか。
関根:じつは、その言葉がクセモノなんです。つまり、「まだ知見が十分でない」と言い続けている限り、いつまでも農薬と生態系影響への「因果関係をまだ証明できない」として規制を遅らせることが可能になります。この農薬は危ないかもしれないから、これ以上被害が広がらないうちにとにかく止めておこう、という仕組みが働かないのがわかりますね。欧州との違いがそこにあります。欧州では先に農薬使用を一時停止してから、その期間に科学者による研究結果・調査結果を収集することにしました。その間に、EASACのレポートや、欧州食品安全機関(EFSA)のレポートによって、ミツバチなどポリネーターへの悪影響がまとめられました。
―― 「十分な知見」はいつまで経っても得られませんでした……という結果になってしまっては困りますね。環境汚染との因果関係が証明されないとする間にも、被害者が苦しみ続けていた水俣病の例を思い出します。
関根:先に一時停止期間を設けてから調査すれば、何より悪影響の疑わしい原因を少しでも早く環境から取り除くことができます。農薬を製造する企業側としても進んで情報を提供する必要に迫られます。まず使用の一時停止を規制として設けることに努力したいのは、このような違いがあるからなのです。
私たちにできることは、まだたくさんある!
―― 規制という文言が政府から出たのは画期的ですが、この先まだまだ一筋縄ではいかないかもしれませんね。有効な規制を作るために、私たちは何をしたらよいのでしょう。
関根:やはり、危険な農薬を使いたくないという声を上げ続けることが大事です。昨年(2016年)3月に、ネオニコチノイド系と同じ作用機序を持つ浸透性の農薬スルホキサフロルが登録保留になったのも、537件ものパブリックコメントで、多くの反対意見が集まったことが大きかったと思います。残念なことに、2月1日にスルホキサフロルの登録審査が再開しましたが、今またパブリックコメントが始まっています。アメリカでは、ミツバチへの影響が大きい開花期の長い作物や、受粉にミツバチを利用する作物への使用を禁止することで、ようやく登録が認められましたが、日本で再開された議論では、「日本のカンキツ類の多くは自家受粉だからミツバチは関係ない」などといった理由で、アメリカでは適用から除外された作物への使用も認めようとしています。これでは規制の方針に逆行していますね。そのようなデタラメな登録が行われないよう、厚生労働省が募集するスルホキサフロルへのパブリックコメントの機会をぜひ活用してください。
―― パブリックコメントは政府に直接声を伝えられるチャンスですね。他にも方法はありますか。
関根:政府に対してだけではなく、企業への働きかけも重要です。毎日の買い物でオーガニックな食品、ネオニコフリーの食品を選ぶことで、消費者は品揃えの動向に影響を与えられますし、安全な商品を購入したいという要望を寄せれば、企業も消費者の期待をかなえようと努力するようになります。実際に、「Goオーガニック」キャンペーンで集まった12,034筆の皆さんの署名を届けたところ、大手スーパーマーケットのイオンがそれに応えて「ネオニコチノイド系農薬を含め、できうる限り農薬を使用しない、安全性の高い農産物を消費者に提供できるようにしていく」ことを表明してくれました。身近な方法では、スーパーに置いてある「お客様の声」投書箱に、意見を書いてみることもできますね。
また、子どもの健康が心配なお母さん同士や、暮らしている地域の環境が気になる地元のコミュニティと助け合うのも大切。同じ気持ちの人と協力して、一人ではなく一緒に働きかけられたら心強いですよね。GPJでは、そんな仲間とつながれるサイト「you AND me」を立ち上げました。このプラットフォームを使って、署名を集めたり仲間を募集したりすることができます。ぜひ、のぞいてみてください!
(聞き手:アクト・ビヨンド・トラスト 八木)
▼ 厚生労働省のパブリックコメントはこちらから
「食品、添加物等の規格基準の一部を改正する件(案)」(食品中の農薬(スルホキサフロル)の残留基準設定)に係る御意見の募集について