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アクト・ビヨンド・トラスト(abt)のメンバーが、日々感じたことを徒然に綴る「abt徒然草」。第18回は代表理事で作家・翻訳家の星川淳です。
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わが家に50型で高性能スピーカーのついた液晶テレビがお目見えしたのは、先頃の参院選でれいわ新選組の立候補者となる数年前から交流のあった安冨歩(やすとみ・あゆみ)さんのブログ『マイケル・ジャクソンの思想』(のちに書籍化[1])の影響だ。ジャクソン・ファイブの頃から耳には挟んでいたし、We Are the Worldには大いにインスパイアされたものの、マイケルがそんなに革命的なアーティストなら、改めて歌もダンスも舞台表現も本気で向かい合いたいと思った。映画館のない屋久島では、画面が大きくて音質のいいテレビでDVDやYouTubeを鑑賞するしかない。
とはいえ、マイケルについては別な機会に譲ることにして(安冨さんごめんなさい! 書評を書く約束をしているのに肝心の本が人に貸したまま行方不明で…)、本稿では『アウトランダー』という英米合作の大河ドラマを取り上げたい。
映画館のない島で40年近く暮らしていると、さすがに優れた映像表現に接する機会に飢える。もちろん、必見と思う映画はわざわざ島外に出向いてでも観るが、安冨さんとマイケルのおかげで大型のインターネットテレビを奮発して以来、有料動画配信サービスNetflixを利用するようになった。なぜNetflixかというと、まだ光回線のない屋久島でも、最初に1作分ダウンロードしてから再生する方式のせいか、途中で止まってイライラすることがほとんどないのだ。
それに加えて、日本のテレビ界は劣化が著しく、地上波もBSもめったに観たい番組がない。結果、余暇の気分転換と、小説も書く作家・翻訳家なりの研究心から、Netflixで心のアンテナに引っかかる作品を観ることが増えてきた。いまのところ、当たりと外れが五分五分ぐらいだろうか。
当たりの例をいくつか挙げると、まず近未来かパラレルワールドの英国で臓器提供だけのためにクローンとして産み育てられる若者たちの苦悩を見つめるカズオ・イシグロ原作の『わたしを離さないで』(YouTubeで映画版に心をかき乱されたことがNetflixのような有料サービスを利用するきっかけになったし、作品世界の吸引力に導かれて日本で翻案された連続TVドラマも観た)、スペインの植民地だった赤道ギニアを舞台に、本国から家族所有のカカオ農場へ赴任した若者と現地人看護婦との純愛を描くスペイン映画『ヤシの木に降る雪』(ギニアの海辺と、ヒロインを演ずるエチオピア・ウクライナ混血の女優Berta Vazquezが切ないほど美しい)、マーティン・スコセッシ監督が実写フィルムを多用してボブ・ディラン初期のツアーを再現したドキュメンタリー映画『ローリング・サンダー・レビュー』[2](白状すると、このNetflixオリジナル作品を観て初めてディランがノーベル文学賞を受賞した意味がわかった!)、キューバ革命に触発されて祖国ボリビアを解放しようと、ゲバラと行動をともにした実在の日系人・フレディ前村をオダギリジョーがスペイン語で熱演する『エルネスト』[3]、祖父チンギス・ハンの版図を中国へ広げて元朝開祖となったフビライ・ハンの都を、ヴェネツィア商人の息子がはるばる父と同行して訪れ、宮廷に取り入れられながら稀有な経験の数々を重ねる『マルコ・ポーロ』[4](これもNetflixオリジナルの連続ドラマだが、シーズン3の制作が中止となって、『東方見聞録』までたどり着かないのが残念!)などなど……。
そうこうするうちに、何の予備知識もなく、たまたま再生ボタンを押したのが『アウトランダー』[5]だ。最初は単発の映画かと思いきや、やけに長々と続く歴史ドラマ。背景となる18世紀半ばの高地スコットランド人による対イングランド蜂起と、第二次大戦直後の新婚生活からストーンサークルの巨石を抜け、200年前にタイムスリップした主人公クレアが体験する波乱万丈の重婚ロマンスにつられて、シーズン1からシーズン4まで全55話を、さすがにイッキ観とはいかないが、かなりのスピードで堪能した(シーズン4は現在huluのみで配信)。さらに、シーズン5と6の制作予定も決まっているらしい。私が知らなかっただけで、インターネットによる本格ドラマ配信という新しい分野の大ヒット作なのであった。
それにしても、1作1時間近い連続ドラマに55話もつきあうと、なんだか身内の話めいてきて、観終わると淋しい。映画では考えられないほど長いスパンで構成できるネット作品、侮(あなど)るべからず! 後知恵で原作を調べてみると、著者のダイアナ・ガバルドン[6]は動物学、海洋生物学、生態学を学んで教職も経たあと小説家に転じ、1990年代から2000年代にかけて『アウトランダー』の原作となった22冊もの小説シリーズを発表している。しかも、そのすべてが邦訳済みで、どうやら扱いは女性向けSFラブロマンスの趣(おもむき)。そういえば、初老の身にはちょっと照れくさいほど頻出するセックスシーンも猥褻ではなくマイルドで、女性の好感度を狙っているのだろう。
私がこのドラマに引き込まれたのは、複数の時間線を往還しながら、ポリフォニー(多声音楽)のようなストーリーを織り上げていく手法が、自分の小説連作[7](既刊2作、第3作を構想中)と重なるからかもしれない(私の主人公はタイムトラベルしないが…)。その上、アメリカ先住民の血を引くガバルドンの筆致に、私の作品と遠く響き合うものがありそうなのだ。
シーズン3の終幕、ついにアメリカ大陸へ漂着した(!)主人公カップルが、シーズン4で繰り広げる物語の舞台は、私が著書『魂の民主主義』(築地書館)[8]や共著『小さな国の大いなる知恵』(翔泳社)、訳書『アメリカ建国とイロコイ民主制』(いすず書房)[9]などで取り上げた合州国建国前夜。この時代は、13の英国植民地が独立へ向かう過程で、それまで先住民を指していた「アメリカ人」を入植者たちが自称するという決定的なアイデンティティシフトが起こり、しかも州を自治単位とする連邦形成や世界初の成文憲法制定への示唆を先住民社会から受けた。とりわけ東部イロコイ連邦の母権民主制が与えた影響は大きく、それは戦後日本国憲法にまで通底している。
案の定、シーズン4の後半ではイロコイ連邦の構成メンバーであるモホーク族が登場し、イロコイ連邦にも暗示的に言及する一方、合州国独立の立役者となり初代大統領を務めたジョージ・ワシントンと主人公カップルとの出会いも挿入される。先住民の描き方は、Dances with Wolves以降の水準をクリアしているとはいえ(同作で「蹴る鳥」の妻役を演じたカナダ人女優Tantoo Cardinalが、第4話にクレアと親交を結ぶチェロキー族のメディスンウーマンとして登場)、さほど深い知見が窺えるわけではないが、シーズン5~6の展開を待ちたい。クレアの18世紀の夫であるジェイミーの甥が、シーズン4の結末でモホーク族の一員になるのは何らかの伏線と見た(原作未読なので単なる推測)。
モンゴロイドの民族移動とアメリカ先住民の来歴伝承を追う中から憲法に関心を深めた変わり種の私だが、ヨーロッパ系入植者と先住民社会との関わりに注目するあまり、北米植民地内部でルーツの異なる民族集団間にどんな相互作用があったのかは不勉強だった。しかし、『アウトランダー』を観ているうちに、スコットランドやアイルランドに対するイングランド(英王国)の圧制が、抑圧された人びとの渡米(かなりの割合で亡命に近かったろう)を促し、アメリカ大陸に根を下ろした後も、母国で受けた迫害へのルサンチマン(怨恨)が、やがては独立戦争と合州国建国への強い動因になった可能性に気づかされた。老後の宿題がたまるばかりである。
最後にもう一点、20世紀からやってきた妻クレアが、女性差別や奴隷制に示す強烈な抵抗をなんとか受けとめようと振り回されるジェイミーの健気(けなげ)さは、物語の駆動力になっていると同時に、「女性は未来なのでは?」という原作者の問いかけかもしれない。
ネタバレを気にしない人は、ウィキペディアで読めるあらすじをどうぞ。
▼文中リンク
[1] https://artespublishing.com/shop/books/86559-138-5/
[2] https://www.netflix.com/jp/title/80221016
[3] http://www.ernesto.jp/
[4] https://www.netflix.com/jp/title/70305883
[5] https://www.netflix.com/jp/title/70285581?s=i
[6] https://ja.wikipedia.org/wiki/ダイアナ・ガバルドン
[7] http://hoshikawajun.jp/
[8] http://www.shinanobook.com/genre/book/2449
[9] https://www.msz.co.jp/book/detail/07186.html