アクト・ビヨンド・トラスト(abt)のメンバーが、日々感じたことを徒然に綴る「abt徒然草」、第5回目は、代表理事の星川 淳です。
旧知の塩見直紀さんが「半農半X」という言葉を広め、私がかつて自称していた「半農半著」に語源があることも知る人ぞ知るところ。ただ、それはもう30年ぐらい前の話で、私自身は「AVX」に移行して久しい(いやいや、AV俳優になったのではありません!)。自給的な農業(Agriculture)と、ボランティア的な社会活動(Volunteer)、それに一定程度の収入を得るための生業(X)の組み合わせだ。私の場合は、Xが著作や翻訳という文筆業だった。
しかし2005年から5年間、国際環境NGOグリーンピース・ジャパンの事務局長を務めたことをきっかけに、VとXの中身が逆転し始めた。つまり、生業が環境分野の市民活動で、著述や翻訳はむしろボランティア的になってきたのだ。出版に関わる人ならご存知のとおり、いまどきは本を出してもよほど売れないと採算が取れないので、自然発生的な生存戦略だったかもしれない。
「生業が市民活動」というと、“プロ市民”などと揶揄する人がいるだろうが、まったく的外れだと思う。環境分野に限らず、NGO市民セクターと政府とビジネスとをまたいでキャリアを積み、社会をより良くするための腕や知見を磨く人が増えなければ、世界はいつまでも変わらない。海外では、そうした横断的なキャリアパスは珍しくないどころか、高く評価される。日本社会の停滞は、“プロ市民”すなわち「市民活動で食える人」が少なすぎることにも一因がありそうだ。
そんなわけで主客転倒気味の文筆キャリアにおいて、80数冊の著訳書中ダントツのロングセラーがポーラ・アンダーウッド著『一万年の旅路』(翔泳社)。「ロング」ではあっても「ベスト」ではないところが惜しいものの、1997年の邦訳初版以来20年、刊行当初はそこそこに、そのあとは細々と、しかし確実に読まれ続けている。第一の秘密は絶版にしない版元の太っ腹で、これには感謝あるのみ(現在はオーディオブックも加わった!)。そして第二の秘密は、遠くはアフリカ大地溝帯とおぼしき場所から旅立ち、朝鮮半島の付け根あたりを第二の故郷に、氷河期末のベーリンジア(ベーリング陸橋)を渡って北米大陸へ、さらに紆余曲折の末、東海岸に近いオンタリオ湖畔まで――アジア太平洋岸からだけでも約1万年の民族移動を重ねた一族の“実話”という内容だろう。
そう、この物語は創作ではなく「口承」を書き下ろしたものとされるのだ。当然、信じない人はいる。私自身、べつに信じているわけではないが、物語に出会ったなりゆきから、内容を尊重して大切に訳した。著者は、アメリカ合州国建国にも影響を与えた北米東部の有力な母権制民主社会イロコイ連邦の系譜を引き、実父から口承を受け継いだだけでなく、5代前の伝承者による指示に従って口伝を文字にした。私自身は口承を受けたわけではないけれど、訳出にあたって微に入り細にわたる質疑応答をファクスで(まだネット前夜だった)、あるいは面談で重ねながら、最後は著者の自宅に泊まり込み、二人で床に広げた特大の世界地図にああでもない、こうでもないと一族の移動ルートを書き込んだりして邦訳を仕上げた。
じつはこの物語に出会う前、私自身が最終氷河期の終わりにシベリアからベーリンジア経由で北米へ渡った少女を主人公とする小説を書いていた。発表後も自分で自分の創作世界から抜け出せなくなり、本当にそういう体験を記憶する人たちがいないか、丸1年かけて南北アメリカ大陸とオセアニアの先住民伝承を探った。その旅の中で見つけたのが、『一万年の旅路』の原作The Walking People(歩く一族)だったのだ(これ以外にもたくさんの興味深い出会いがあった)。
ちょうどその頃、探検家の関野吉晴さんが、南米最南端からアフリカ大地溝帯へ向け、モンゴロイドの民族移動ルートを人力と畜力だけで逆にたどる「グレートジャーニー」に踏み出していた。見つけたばかりのThe Walking Peopleの内容を知らせたところ関心を寄せ、序盤のグレートジャーニーが南から北米へ入った直後のアリゾナで、著者のポーラ・アンダーウッドさんと引き合わせた。関野さんの撮影クルーが、二人の語らいや、物語中、ベーリンジア通過のくだりをポーラさんが朗読する様子も記録に収めていたが、テレビ放映では使われなかったようだ。
ポーラさんは2000年に亡くなり、私と関野さんはつかず離れず互いの仕事ぶりを見守ってきて、こんどのクリスマスイブに初めて対談する(下記facebookページ参照)。対談の前には一人ひとりのトークもあり、音楽や踊りも交えた長丁場だ。『一万年の旅路』は東京、大阪、仙台で輪読会が続いていて、今回のイベントは大阪の関係者が主催。予約制で、まだ残席はありそう。
関野吉晴&星川淳 トークライブ&語・舞・音
グレートジャーニー・人類のルーツをたどる
未来へ歌いつなぐ物語
【ネイティブアメリカンの口承史一万年の旅路~特別イベント】
12/24(日)14:30~20:00 西宮市プレラホール
最後に、『一万年の旅路』の不思議な魅力の一つは、考古学や人類学の最新の知見が後からついてくるところで、たとえば邦訳当時は新人(ホモサピエンス)と旧人(ネアンデルタールなど)の混血はなかったとされていたのが、最近では新人と旧人も、新人の中で出アフリカが早かったグループと遅いグループとも、ほぼすべての組み合わせで混血したことが定説になりつつある(私の下記facebook投稿参照)。アフリカを出た“歩く一族”が、地中海東岸からユーラシアを横断してアジア太平洋岸に到着後、精神・身体的特徴が自分たちとかけ離れた異民族に出会い、意図的に混血を試みるくだりなどは、これでいっそう味わい深くなってきた。