アジア太平洋資料センター(PARC)
「静かな汚染、ネオニコチノイド―浸透性農薬は〈いのち〉に何をもたらすのか?」DVDまたはストリーミング視聴 » 購入申し込みはこちらから
上映後トーク「ネオニコ問題の底を探る」翻案
2022年10月17日(月)夕刻、標題のビデオ教材を共同制作したアジア太平洋資料センター(PARC)とアクト・ビヨンド・トラスト(abt)の共催によるオンライン上映会で、abt代表理事の星川がトーク部分のメインスピーカーを務めました。時間の制約から用意した内容の半分もお話しできなかったため、触れられなかった点も補って本人が翻案的再構成を試みました。記録動画と併せてお読みいただければ幸いです。なお、聞き手の八木亜紀子さん(PARC理事)による進行コメントは、小見出しの形に圧縮したことをご了承ください(八木さんのフルコメントは記録動画でどうぞ)。
1.なぜネオニコ問題を?
少し背景を遡ると、もう50年以上前になりますが、世界的に学生運動やロックミュージックなど主流社会に対する問い直しの大きなうねりが起こり、それをまともに受けて、二十歳(はたち)前から、最近の言葉でいえば“オルタナティブ”な生き方をめざす対抗文化に身を投じました。その中で、食べ物も玄米菜食やオーガニックな産品を選ぶようになり、以来、いくらか柔軟にずっと続けています。
また30歳直前に屋久島へ移り住み、米や野菜、果物などを化学肥料も農薬も使わずに育て始めました。家族の自給程度ですから、本格的な有機農業というより真似事レベルですが、それなりに試行錯誤を重ねてきたことは確かです。その傍ら、収入は著述や翻訳から得る「半農半著」を自称していたら、塩見直紀さんが「半農半X」と普遍化して、いまでは中国・韓国・台湾にまで広がりました。
さらに直接のきっかけは、2010年末まで5年間、国際環境NGOグリーンピース・ジャパンの事務局長を務めた任期の終わりごろ、それ以前から読者だった会社経営者がネオニコチノイド系農薬の問題を教えてくださったことです。グリーンピースで取り上げられないかと打診されたのですが、退任を控えていたし、活動のテーマを追加するのは難しい事情があったため、無理だとお断りしました(幸い次の事務局長がネオニコ問題に取り組んでくれました)。社会意識の高いこの方は前々から、会社を背負うと制約が多いことをこぼされるので、「やりたい問題に取り組む別組織をつくっては」と助言を差し上げていたところ、退任直前になって「星川さん、やってくれませんか?」と打診されました。ただその方のために動くのでは物足りないので、「こういう独立した形なら」と逆提案したのが環境分野の市民活動助成基金です。その方には現在も、寄付者の一人として支えていただいています。
ネオニコ問題は初めて聞いたときから、生態系の健康、人間の健康、社会の健康すべてに悪影響を及ぼすだろうと察しがつきました。近年、この3つの健康と、その治療を一体のものとみなす「ワンヘルス=One Health」という考え方が広がりつつありますが、ネオニコ系農薬はまさにワンヘルスへの重大な脅威だと直観して、abtの設立当初から助成対象3部門の1つに据えたのです(他の2部門は「脱原発/エネルギーシフト」と「東アジア環境交流」)。
2.日本で使われ続ける背景は?
まず、農薬の販売を許可する行政側と、農薬を売りたいメーカーと、それにお墨付きを与える研究者が、原発問題をめぐってよく言われる原子力ムラに似た「農薬ムラ」を形成し、リスクの指摘や規制を受けつけようとしない構造があります。業界の利益を最優先する、高度成長期の護送船団方式さながらの古い構図です。これに協力する学者の一人は、いまだに公の場で「田んぼは食料生産工場だ」などと時代錯誤の見解を口にして憚(はばか)りません。生態学登場以前の工業パラダイムで農業を考えていたら、邪魔者を薬で消すことしか眼中にないのでしょう。極端なたとえかもしれませんが、農薬ムラに正しい規制を期待するのは、統一教会にカルト被害者の救済を任せるようなものです。
第二に、日本の場合はメディアが本来の機能を果たしておらず、ネオニコ系農薬のリスクに関する最新の研究成果などが社会に共有されにくいこと、とりわけ政策決定の場に活かされないことがブレーキになっていると思います。この点は、後ほどEUの話をするとき改めて触れます。たとえば、ネオニコ問題を取り上げる団体は少ないため、abtも大手メディアからこれまで何度か取材を受けましたが、記事や番組になったことはありません。現場の記者は関心を持って取材しても、デスクや上層部に潰されてしまうようで、研究者からも同じことを聞きます。ただ、最近は少し風向きが変わってきて、TBSの報道特集のような例が現われたのは良い兆候ですね。
第三に、ネオニコ問題は作用のしくみが複雑で、一般人には難解なため、NGO市民セクターも手を出しにくいところがあります。2011年にabtが助成を始める頃は、ダイオキシン環境ホルモン対策国民会議がいち早くこの問題に取り組んでいるだけでした。それに加えて、個人の養蜂家や有機農業関係者、良心的な生協などが関心を寄せ、数年後にはグリーンピースがキャンペーンを立ち上げてくれましたが、いまでも市民社会全体で主要なテーマになっているとは言えません。ただ、そうした地味な問題なりに、10年前に比べれば「ネオニコ」という言葉は知る人が多くなってきたのではないでしょうか。もうひと押しです。
第四に、肝心の農業現場の問題があります。ぼく自身が40年近く離島で暮らしてきたためよくわかりますが、日本の慣行農業は後継者のいないまま高齢化が進んで、本当に寂しい状態です。人手も体力もなくなっていく中で、農薬に頼らざるをえない現実があります。それに、いまも多くの農家は年間を通じ決められた防除暦に基づいて農協から配達される農薬を指示どおり使うだけで、包装に書いてある製品名ぐらいはわかっても、「ネオニコチノイド」という分類名さえ知らないかもしれません。使えば生態系や周囲の人たちはもちろん、使用者自身へのリスクを伴うので、農家も被害者なのです。
一方、日本各地で新しく関心を持って農業にチャレンジする若い人たちは、かなりの割合で有機農業の方向を選びます。この次世代オーガニックファーマー予備軍と、高齢化や人手不足が深刻化する慣行農家とは、分断とまでは言わないものの、必ずしも重なりません。何らかの形で、この二つの集団をつなぐことが今後の大きな課題でしょう。
最後に、流通と消費者です。よほど志の高い生協などを除くと、一般に流通業者は生産者と消費者の両方を睨みつつ利益を出さなければいけないため、農薬使用に伴うリスクのような問題には触れたがりません。そして消費者は、昔からよく言われるとおり、真っすぐでサイズの揃った、見た目のきれいなキュウリを一年中、しかもなるべく安い値段で求めます。それが生産者に農薬を使わせるのです。
3.EUがネオニコ規制に踏み出せたのはなぜ?
ひと言で要約すると、リスクに関する最新の研究成果がメディアにも取り上げられて、政策決定の場に伝わり、EFSA(欧州食品安全機関)という第三者機関が予防原則の立場から規制を後押ししたからです。前職のグリーンピースは本部がオランダにある関係で、EUについてそれまでより具体的に見聞きするようになりました。さらにabtを始めて以来、ネオニコ問題をめぐる動向に接し、ぼくはよくスタッフに「EUは制度設計の鬼だ」と話します。
その理由は、EUの牽引役になっているドイツが代表するように論理(ロジック)を重んじる文化であることに加え、国家連合を成り立たせるためには骨組みをしっかり作り込まないと、加盟国レベルで応用が利かないからだと思います。とにかく、政策は細かく重層的に法律や法令で裏打ちされ、実施の現場で“使える”ことに重点が置かれています。政策決定の主な基準のひとつに予防原則(因果関係が100%立証されなくてもリスク回避の策を取る)が据えられていたり、独立性の高い第三者機関の介在が組み込まれていたりするのも、制度設計の要(かなめ)です。
農薬については2000年代から大がかりな見直しが行なわれたところへ、気候変動問題への対応が重要度を増し、コロナ禍が追い打ちをかけて、気候変動対策と農業政策と生物多様性戦略が一体的に扱われるようになりました。気候変動対策の柱が「欧州グリーンディール」、農業政策の柱が「Farm to Fork(農場から食卓まで)」、生物多様性戦略がその名のとおり「欧州生物多様性戦略」です。冒頭に触れた「ワンヘルス」(生態系の健康と、一人ひとりの健康と、人間社会の健康とを一体的に扱う)の考え方とも重なります。
一体性・重層性の例を挙げれば、「2030 年までに化学農薬の使用とリスクを 50%削減」と「2030 年までにより有害な農薬(more hazardous pesticides)の使用を 50%削減」という目標は、Farm to Forkと生物多様性戦略の両方に明記されています。それに比べ、つい最近できた日本の「みどりの食料システム戦略」では、同じ化学農薬の25%削減が2050年の目標になっていますから、政策実現への備えも本気度も相当な開きがあります。有機農地を耕地面積の25%に増やすことも、EUは2030年、日本は2050年の目標です。
もうひとつFarm to Forkで注目したいのは、有機を中心に持続可能な農業への「転換・移行(transition)」を重視し、世界全体の転換・移行をリードすることが強調されている点です。ここ数10年、人権や気候変動対策で国際社会の先頭を走ってきたEUが、農業でもフロントランナーをめざしているわけで、もちろんそれは単に理念的な牽引ではなく、今後のEUを支える経済政策でもあるからでしょう。
最後にEU域内の具体例をいくつか紹介します。上記のように有機農業への移行・転換を支える施策が重要で、基本的な手法として強く推奨されるのが総合的病虫害管理(IPM=Integrated Pest Management)です。これは、いきなり完全無農薬に踏み切るのではなく、土壌改良や天敵導入、適切な植物の混植(コンパニオン・プランティング)などを組み合わせ、できる限り農薬の使用を減らす(可能なら使わない)というやり方で、世界的に様々な研究や応用例が積み重ねられてきています。
またIPMでは、やむをえず農薬を使うにしても、日本の防除暦のように病虫害が出るかどうかわからないのに予防的に(この場合の「予防」は予防原則のprecautionaryとは意味が異なるprophylactic)農薬を大量使用することは避け、害虫の大発生などが確実に把握できた段階で必要最小限の施用にとどめます。そのために開発されたのが病虫害発生のモニタリング手法で、地域ごとにあらかじめデータ化された土壌その他の環境条件から発生予測を立て、そのシミュレーションと実際の発生状況を照らし合わせて、農薬の実効性と必要量を算定します。意外なことに、農薬を使わずに済ませたほうが費用対効果の高いケースが多いのです。
さらにそうした手法をバックアップするのが、損失補償の共済制度です。有機農家が保険金を出し合うことにより、万一の病虫害や天候不良で想定した収入が得られない場合、経済的補償が受けられます。農薬にお金をかけるより、共済保険金のほうが軽い負担で済むことが多いのです。とどめに、EUではタネも在来種・固定種でなければ有機農業と認められません。ここも学びたいところですね。
4.オーガニック給食の動きなど、日本での打開策は?
給食の有機化はグリーン公共調達の一種と考えられ、自治体ぐるみで変わるきっかけになります。まず子どもたちの健康にいいし、安定需要が見込めることで生産者にとっても有機転換の後押しになります。ただ、それなりに解決しなければならない課題も多く、先進地では覚悟を決めたキーパーソンの活躍が欠かせなかったと思います。やはり全国へ広げるには、もっと多面的・重層的な政策や取り組みが必要でしょう。
戦略を元に法制化された「みどりの食料システム法」には、地域ぐるみで有機転換を進めるための補助金つき認定制度が設けられているので、これを活用してたくさんの地域モデルが生まれることを期待したいところです。同時に、地域でまとまるのはハードルが高い場合、個人でも制度を使えるようにしてほしいと思います。先ほど紹介したように、EUでは世界的な有機農業への移行・転換をリードすることをめざし、「みどりの同盟(Green Alliance)」を呼びかけていますから、日本も軍事同盟ばかりに血道を上げるより、この協働・連携に参加してはどうでしょう。政府の腰が重ければ、市民社会が先導することも考えられます。
今日の話は、EUの制度設計に焦点を当てましたが、EU市民は満足していません。ちょうど1週間前にも、Farm to Forkでは生ぬるいと考える人びとが「2035年までに化学合成農薬の全廃」を求める100万人署名を成功させました。これを受けて、欧州委員会は市民グループと話し合い、要求に基づく立法措置を取るか、法律ではない措置を取るか、何もしないかを、半年以内に決めなければなりません。こうした市民発議権も学ぶべき制度設計の一部ですね。EUの民度から見て、何もしないという選択肢はなさそうですから、きっとさらなる進展があるはずです。
制度の面では、やはりEFSA(欧州食品安全機関)のような客観的・中立的な第三者機関を組み込んで、農薬などのリスクに対し科学的な判断を下すことも必須ではないでしょうか。前半でたとえた「統一教会にカルト被害者救済を任せる」がごとき農薬ムラの現状は、一日も早く脱したいところです。とはいえ、それを待たずにできることもたくさんあります。
ひとつはDVDでも取り上げた斑点米の等級問題です。カメムシという害虫が米粒に黒い斑点をつけてしまうのですが、これが1,000粒に2粒以上含まれているとコメの等級が下がり、味への影響はまったくないのに買い上げ価格が60kgあたり1,000円超も安くなるため、米農家は農薬を使わざるをえません。しかし、斑点米は色彩選別機にかければ簡単に除去できるので、等級づけする前に選別すれば、無駄に農薬を使う必要もないし、収入も安定して、農家は大いに助かります。ところが、生産者・流通業者・消費者が声を合わせて求めても、農水省は等級制度を変えようとしません。そんなことで、2050年までに有機農地を現状の0.5%(2018年)から25%に増やせるのでしょうか。
悪い実例をもうひとつ紹介すると、「減農薬の特別栽培」と聞けば、一般の消費者はてっきり安心・安全なものと歓迎するでしょう。しかし、特別栽培の条件は「農薬の使用回数を従来の半分以下にすること」と定められているため(なぜ科学的・客観的な使用量を基準にしないのか!)、神経毒が長持ちし、1回使えば生育期間全体に効果がある浸透性のネオニコチノイド系農薬は回数を減らすのに最適で、特別栽培の作物はネオニコ要注意の筆頭です。
その一方、abtの助成先を含めて一部の先進的な生協では、ネオニコチノイド系農薬を使わない産品にネオニコフリーマークをつけ始め(「ネオニコ不使用」「ネオニコ削減中」といった表示も)、売れ行きも好調のようです。これは生産者と流通業者と消費者が協力してネオニコ系農薬を減らせる好例ですから、ぜひどんどん広がってほしいと思います。
結びに、科学や合理性や制度設計を語ってきた内容と矛盾して聞こえるかもしれませんが、国内のみならず全世界で有機農業への移行・転換を進めるには「やる気」が鍵です。原子力ムラでは原発の維持・推進という結論が先にあり、口では再生可能エネルギーの促進が必要だと言っても、本気で再エネを伸ばすつもりなどありませんでした。日本が再エネの研究・開発および導入において世界の周回遅れになったのはそのせいです。いまなお農薬ムラの影響下にある農業政策も同じで、「みどりの食料システム戦略」で飛躍的な有機農業推進を謳っても、残念ながら本気度は怪しいと言わざるをえません。
数年前、研究畑出身らしい大手環境NGO幹部が、ネオニコ系農薬問題の助成先であるにもかかわらず、「北緯31度以南で農薬を使わない農業は不可能」と言い切るのを聞いて仰天したことがあります。農薬ムラに感化された大学の教科書には、そう書いてあるのかもしれません。しかしいまどき、沖縄でも台湾でも東南アジアでも有機農業に取り組む例は数えきれないほどでしょう。人間は「空を飛びたい」と思えば、いつか空を飛ぶ生きものです。ぼくのような万年アマチュア有機農家でも、必要に迫られて編み出した病虫害対策が一つや二つあります。農薬を使わずに全人類の食卓を賄おうと衆知を集めれば、必ず道は開けると信じています。
EUのFarm to Forkを参考にしたと思われる「みどりの食料システム戦略」の策定には、知り合いの有機農業関係者も複数関わっており、その努力には敬意を表します。せっかく法律にもなったのですから、良いところは活かし、使える枠組みは活用して、みんなで日本の農業を本当に持続可能なものに変えていきましょう。40年近い実体験から、何より有機・無農薬の作物は異次元のおいしさだと断言できます!
【参考リンク】
『浸透性殺虫剤に関する世界的な統合評価書(WIA)』更新版
第3部:浸透性殺虫剤の代替手段
(浸透性殺虫剤タスクフォース/ネオニコチノイド研究会監訳)
https://www.actbeyondtrust.org/wp-content/uploads/2020/03/WIA2JP_3_ver2.pdf
『日本の農薬登録制度:その仕組みと背景、問題点』(ネオニコチノイド研究会)
https://www.actbeyondtrust.org/info/3300/
「みどりの食料システム戦略の実現に向けて」(農林水産省解説PDF)
(p.8にEUのFarm to Fork紹介、p.10に概要、p.11に2030年KPI)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/houritsu-7.pdf
「EU における持続可能性確保と経済復興・成長に向けた取組――『欧州グリーン・ディール』,『Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略』,『欧州生物多様性戦略 2030』」(桑原田智之)
(農林水産政策研究所 [主要国農業政策・貿易政策]プロ研資料 第5号(2021.3))
https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/project/attach/pdf/210331_R02cr05_02.pdf
(p.20別表「『Farm to Fork(農場から食卓へ)戦略』 アクション・プラン」参照)
Farm to Fork Strategy(英語版冊子PDF)
https://food.ec.europa.eu/system/files/2020-05/f2f_action-plan_2020_strategy-info_en.pdf
A European Green Deal(英語版解説ページ)
https://ec.europa.eu/info/strategy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en