abtは12月19日(土)、“将来の事務局長候補”募集にあたり、第1回オンライン求人説明会を開催しました。冒頭30分は、Future Dialogueと題してゲストに元パタゴニア日本支社長・辻井隆行さんをお招きし、abt代表理事・星川淳と「21世紀の環境問題と市民による民主主義」というテーマで対談を行ないました。辻井さんが環境問題における民主主義の重要性に気づくに至った経緯や、コロナ禍で感じた集中型システムの弊害など、abtの理念とも重なる興味深いお話が聞けました。対談の一部を採録しますので、ぜひお読みください。
環境活動におけるこれまでの活動と二人の接点
辻井:僕はパタゴニアというアメリカのアウトドア企業に1999年から2019年の秋まで20年ほど勤めていました。直営店のスタッフからマーケティング、卸売りなどを経験し、最後の10年は支社長というポジションについていました。パタゴニアは、ビジネスを使って環境問題を解決するという理念のもと、環境団体とも接点がある中で、星川さんともかつてお会いした経緯から、今日はそのご縁で呼んでいただきました。
星川:アクト・ビヨンド・トラストを2010年の終わりに設立し、代表理事として牽引してきました。これまで事務局長を置いていなかったので、今回の募集で事務局長候補が決まったら、僕自身は年齢的なこともあり、また物書きとしてもう少しやりたい仕事もあって、現場から段階的に引いていければと今日の場を設けました。辻井さんとは、僕がグリーンピース・ジャパンの事務局長をやっていた2005年~2010年の間、辻井さんが支社長になられたタイミングでお会いしましたね。グリーンピースの仕事をするにあたって、屋久島暮らしから都心に引っ越すのは無理なので仮住まいの場所に鎌倉を選んだら、たまたまパタゴニアのメインオフィスと店舗があり、辻井さんからもカヤックに誘われたりして親近感を覚えていました。
パタゴニアの環境団体支援の取り組み、「ツール会議」と「1% for the Planet」
星川:パタゴニアも市民活動支援のようなことをするじゃないですか。名前を忘れたけど、キャンペーンの方法論をシェアする……
辻井:ツール会議
星川:そう、ツール会議。最近は、それ以外にも若い人を対象とした講座を始めていますよね。
辻井:気候変動について気にかけているけど、もっと知りたい、できれば行動したいという高校生・大学生対象の取り組み「クライメート・アクティビズム・スクール」ですね。講師陣がすごいので、自分も聞いてみたいと思って連絡したら大人はダメだと言われました(笑)。国立環境研究所の気候変動の第一人者・江守正多さん、アル・ゴアの本を翻訳した枝廣淳子さん、新進気鋭の学者、大阪市立大学の斎藤幸平さんなどにレクチャーを受けるというものです。
星川:純粋な助成もやっていますね。
辻井:「1% for the Planet」ですね。現在はNPOとして独立しましたが、1985年から売り上げの1%を、いろいろな現場で環境問題に対して行動している団体・市民に支援しています。世界の事業体全体で今までの累計8900万ドルです。特徴的なのは、大きな団体にまとめてというより、例えば地域の主婦が3人でやっている公害問題の取り組みといった小さい規模のものも多いことです。年に2回申請が来て、日本支社、アメリカ本社といった地域ごとに社員10名程度からなる委員会を作り、話し合って決めていました。今までの実績としては、世界で千以上もの団体に助成しており、各助成額は多くても100万円程度という感じです。日本は、自分がいた当時、年間応募が100件ぐらいだったように記憶しています。啓蒙活動というよりは直接行動している団体を選んでいました。
星川:アクションを重視するという点についてはabtも近いものがあります。
大切にしているのは「行動」と「現場へのコミット」
辻井:創業者のイヴォン・シュイナードは、アクション=行動を重視する考え方なんです。
星川:直情径行というか、思い立ったらやっちゃう人ですね。
辻井:でも、ものすごく勉強家で、何度か家に泊めてもらった時も、毎朝5時に起きて本を読んでいました。アメリカ本社では、350.org創設者のビル・マッキベンを招いて社員向けの講演会を開いたり、環境作家のデリック・ジェンセンなどは取締役会で話を聞かせてもらったりしました。取締役会も、数字の話は半日ぐらいで、残りの二日半はいかにパタゴニアのフィロソフィーを広げていくかという話や、環境キャンペーンなどについて議論していました。イヴォン・シュイナードは、もちろん信念は強いし、行動する人ですが、かなり緻密な勉強家という印象もありました。
星川:なるほど、だからこそ思い切ってやれるのでしょう。
辻井:だから考えるのはすごく長いけれど、決めると早い。
星川:辻井さん自身は、助成の部分に直接タッチしていなかったのですか。
辻井:委員会には入っていました、環境社会部門のスタッフがファシリテートしてくれて、だいたい8時間ぐらいかけて、みんなで挙手で決めるという感じです。
星川:その時の苦労とか、印象に残っていることはありますか。いいものだけど、落とさなければいけないとか。
辻井:啓蒙活動的なもので個人的には意味があるなと思っても、パタゴニアはアクション重視という方針があり、選択と集中をしなければいけなかったことくらいですね。それでも、森林・海洋など幅広く多岐にわたる申請があり、とても勉強になりました。
星川:僕の印象では、担当スタッフがものすごくきめ細かく現場を歩き、いろんな人に会ったり、話を聞いたりしていました。その点も力を入れていたのですか。
辻井:その通りですね。環境社会部門は僕が退職するときは5名ほどのスタッフがいて、長崎県の石木ダムに関わるようになってからは、ほぼ一人は専任という形になっていました。日本のダムの歴史の中で、土地収用法という法律で強制的に家、お墓、農地などの資産が取り上げられ、機動隊が導入されてできたものは今まで一つもないそうなんです。石木ダムの場合は、53人の方が故郷を奪われるという人権の問題でもありますが、民主主義の観点で見ると、60年も前に計画されたダムなのに、今という時代にあった検証を行なわないまま、市民による議論を経ずにダム建設に多額のお金を使ってしまっていいのかという大きな問題でもあります。
環境問題の現場には、気持ちが向くもの、足が向くものに深入りしてほしい
星川:今日のテーマ「市民による民主主義」は辻井さんから出されたものですが、それを考える契機は、辻井さんにとっては石木ダムが大きいのですか。
辻井: 2014年に、イヴォン・シュイナードが『ダムネーション』という映画を作りました。内容は全部アメリカのダム問題でしたので、日本支社の役割は、それを上映することだけでなくて、日本のダム問題にしっかり向き合っていくことだろうと思ったんです。
先ほど話に出たツール会議は、メディア訴求の仕方や組織運営など、草の根環境活動家が使える“ツール”をみんなで増やしましょうという取り組みなのですが、2014年に開催した会議では、集まった団体の半数以上がダム問題に取り組んでいました。話を聞く中で、2013年に国が事業認可を告示し、土地収用法を盾に機動隊が導入されるかもしれないという、石木ダム問題に取り組む団体の方々の話を聞いて、これは喫緊の課題だと感じました。
日本には、高さ15メートル以上のダムが2,800基あると言われていますが、先ほど触れた通り、もし地権者の資産が強制的に収用され、機動隊まで導入されれば、日本初の強制収用になるんです。
一方、これまで採算が合わないという理由で事業者側からやめることはあったそうですが、もし市民の声で計画が見直されるとなると、これも日本初だと。関わるようになって、もし石木ダムができても、できなくても日本初のケースになるということがわかってきました。
そういう経緯で、これは長崎の小さな問題じゃなくて、日本の将来や未来をどうやって決めるのかという話かなと感じるようになりました。この問題に対して市民の声を届けられないのなら、エネルギー政策など、もっと大きな問題に市民の声を反映させることはできるのだろうかという危機感もあります。
星川:今でもかなりコミットを続けられ、発信されていますよね。
辻井:先月、久しぶりに建設予定地にお邪魔しました。今はまだダムの本体ではなく道路工事の一部が進められているのですが、その前でお母さんたちが毎日座り込みをしている。ただ、闘っているというより、お母さんたちは抗議の座り込みをしながら、お餅を焼いたり、お茶を飲んだりしていて、そこでいろいろな話を聞かせてもらいました。
星川:辻井さんの話を聞いて思い出したのですが、社会問題はたくさんあり、環境問題だけでも無数にあってどれも大切だけど、自分にとって身近な問題、縁があって入り込む問題があることは大切だなと感じます。それを一から、地べたから体験しないと、どうしてそうなるのかわからないし、辻井さんが石木ダムを民主主義の問題だと捉えたように、本質みたいなものも見えてこないのではないかと思います。若い人たちなど、俯瞰して見るのも大事ですが、気持ちが向くもの、足が向くものには深入りしてほしいですね。
集中型システムの見直し、企業の環境コストの内部化
星川:今後やりたいことがあればお話ください。
辻井:二つあって、ひとつは、社会システムに関心があります。効率を求めて中央集権型の仕組みを続けてきたわけですが、東京を見れば、政治も行政も金融も集中して効率が上がる一方、リスクも集中させてきたんだなということがわかってきました。コロナもそうですが、台風が来て大きい発電所が1個止まると10万人が2週間停電するというようなことが起こる。そうしたリスクは分散させる必要があると思っていて、分散して自律的に運営しながら、でも孤立せずというのが大事で、困ったときは自律した地域同士が助け合う。テクノロジーも使ってお互いがなんとなくリンクしているような、そういう社会インフラにどうやってしていくかということに興味があります。
もう一つは、企業の環境コストについてです。環境問題の多くは、企業活動が原因で起こっていると思います。いわゆるコストの外部化というか、環境に悪いことでも、法律の範囲内だったら尻ぬぐいをする必要がないし、予算に計上する必要もない。それが問題に発展したとしても、対処するのは環境団体や地方自治体です。法律の範囲内なら、汚水を流しても問題ないわけですが、実際には川が汚れたり、魚が死んだりしたら、市民が調査したり、行政がお金を使ってきれいにしたりすることになります。企業が外部化していた本来払うべきコストを、どうやって内部化していくかに関心があります。
星川:法律そのものも含めて不備なんですよね。
辻井:僕は法律の専門家ではないので、いかに企業がそれを内部化しながら成功するかという観点で、いくつかの組織のお手伝いに今、ちょっと関わっています。
星川:共感し、重なるところがあります。僕は東京生まれの東京育ちですが、40年近く屋久島に住んで、移住当時の強い動機が、巨大な一極化集中ではなく、暮らしに関わるサイクルを小さくしたかった。食べ物、水、エネルギーなど、できるだけ身の回りでケアできるような形でやってきました。3.11の教訓、さらに気候変動の加速によって、あらゆる社会活動が今までのようにできなくなり、それに適応する必要が生まれてくると、よけいに分散型社会は大事だなと思います。また斎藤幸平さんが提言するように、貧富の差が拡大している今、人にも自然にも優しくないシステムも、同時に変えていかなければいけない。abtもそういう感覚で運営してきたし、今後はその方向性をもっと強めていきたいと思います。