アクト・ビヨンド・トラスト(以下、abt)は、農林水産省が定めた「特別栽培」に該当するコメについて、市販品(2023~2024年生産)のウェブ上に公開されている情報から、都道府県ごとに使用されている主な殺虫剤を調べました。そもそも特別栽培とは何かについても解説しています。農薬使用量が少ないとされる特別栽培米ですが、ネオニコチノイド系農薬もよく使われています。地域の農業を考える参考にしてみてください。
「特別栽培米に使用されている農薬調査」(2024年9月)
「特別栽培農産物」とは、農薬の使用回数と化学肥料の窒素成分量がそれぞれ各地域で定めた慣行レベルの5割以下の農産物に対し、農薬と肥料の節減割合・節減対象農薬の名称・用途及び使用回数を、製品のラベルや認証者・販売者のウェブサイトなどに表示して販売する仕組みです。
この制度により開示されている情報から、特別栽培のコメに使用されている殺虫剤の種類を調べてみました。
特別栽培農産物とは
農林水産省の説明によれば、これまで「減農薬」「低農薬」などを謳う農産物は、各生産者が独自の解釈で恣意的な農薬使用をしていたため、実際にどの農薬をどの程度減らしたのか、消費者が判断しにくい状況になっていました。そこで1992年10月、農林水産省は「特別栽培農産物に係るガイドライン」※を制定し、一定の基準に基づいて農薬と化学肥料の使用量を削減した農産物を「特別栽培農産物」として表示できるようにしました。生産者・流通業者・販売者は自主的にガイドラインの順守を管理し、消費者側は削減の実態を表示ラベルで確認できるという仕組みです。このガイドラインは数度の改定を経て、現在は2007年改定のバージョンが用いられています。
※農林水産省「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」「特別栽培農産物に係る表示ガイドラインQ&A」ほか資料 https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/tokusai_a.html
特別栽培ラベルでわかること
特別栽培は、「農業の自然循環機能の維持増進を図るため、化学合成された農薬及び肥料の使用を低減することを基本として、土壌の性質に由来する農地の生産力を発揮させるとともに、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した栽培方法を採用して生産すること」という原則に基づいています。具体的には、「その農産物が生産された地域の慣行レベル(各地域の慣行的に行われている節減対象農薬及び化学肥料の使用状況)に比べて、節減対象農薬の使用回数が50%以下、化学肥料の窒素成分量が50%以下、で栽培された農産物」と定義されています。つまり、その地域で対象となる農産物に標準的に用いられる化学合成農薬の使用回数が20回だとすれば10回以下に使用を抑え、化学肥料の窒素成分量が10kg/10aであれば、5㎏/10aに使用量を抑えて栽培します。
農産物の生産管理は確認責任者(農協や生産組合など)が行ない、生産圃場(田畑)には特別栽培生産圃場であることを示す看板を設置してガイドライン通りに生産されているか確認し、生産者が提出する栽培管理記録(使用した農薬や肥料を記録する帳面)を確認・保管します。このような生産管理のもとに栽培された農産物であることを示すラベルとして、「特別栽培農産物」の表示が許可されます。
ラベルには、以下の情報が記載されています。
まず、節減対象農薬(化学合成農薬)と化学肥料をどのくらい削減しているか、その割合を明記します。5割以下なので、「6割減」や「8割減」という場合もあり、まったく使わない場合には「栽培期間中不使用」と表示します。栽培責任者とは、農産物の生産者で、ラベルに氏名や生産団体名を明記します。確認責任者とは栽培管理を行なう団体や個人です。次に、「節減対象農薬の使用状況」欄には、農薬の原体名(有効成分名)と用途(殺菌、殺虫、除草)とそれぞれの使用回数が記載されています。使用回数は成分ごとに集計するため、たとえばコメの苗箱での育苗にクロチアニジン(殺虫剤)とイソチアニル(殺菌剤)が含まれる製剤を1回使用し、夏のカメムシ防除にクロチアニジンが含まれる別の製剤を1回使用した場合には、イソチアニル(殺菌)1回、クロチアニジン(殺虫)2回という表示になります。このようにカウントしていって、すべての成分×使用回数を合計した回数が、当該地域の慣行回数の半分であれば、農薬5割減という要件を満たすことになります。肥料も同様に、栽培期間中に使用する化学肥料の窒素成分量(㎏/10a)を製剤ごとに計算し、すべてを合計した数値を慣行栽培の数値と比較して、節減割合を表示します。
以上のガイドライン内容を踏まえると、農薬使用に限定してみれば、特別栽培農産物の表示でわかることは以下のとおり整理できるかもしれません。
特別栽培農産物のよい点
農薬の使用成分数×使用回数の合計値が慣行栽培よりも少ない
地域の慣行栽培で使用される農薬の成分×回数の合計値と比較して、使用回数が5割以下に抑えられていることが確認できます。
使用農薬(原体名=化合物の種類)が栽培記録で管理されており、その内容を消費者が確認できる
農薬の製品名ではなく、使用成分(原体)ごとの使用回数が記録管理されているため、実際にどのような化合物が栽培に使用されているか確認することができます。たとえば、せめてネオニコチノイド系農薬は不使用のものを選びたいというとき、表示された使用農薬成分名をチェックすることも可能です。
削減対象農薬不使用のものもあり、表示で確認できる
有機JASの場合、農水省の審査を受けて認められた登録機関が認証を行ない、米なら田植えの2年前から農薬を使用していない圃場でなければならないなど、生産者にとって対応が難しいポイントが複数ありますが、それよりは簡便に「栽培期間農薬不使用」の栽培を実施することができ、消費者側も農産物選択の目安に使えます。
特別栽培農産物の問題点
農薬の全体的な使用量が少ないかどうかはわからない
後述するように、地域によって慣行レベルの回数は異なります。また、使用回数でカウントするため、化学肥料が窒素成分量でカウントされるのと比較すると、農薬の厳密な「使用量」を表すものではありません。
削減対象農薬不使用の場合を除き、農薬不使用を意味するわけではない
50%以下の削減といっても、化学合成農薬を使用している事実は変わりません。
使用回数を削減するために、長期間効果が続くネオニコチノイドのような農薬が選択される可能性がある
苗箱施用(効き目の長い農薬を田植え前の苗に使用して、田植え後も虫から守る方法)に用いられる農薬には、浸透移行性(植物内部に取り込まれて長期間作用する)を特徴とする農薬が多いようです。ネオニコチノイド系農薬は、このようなタイプの農薬の典型です。
慣行レベルの一覧
特別栽培米に使用されている農薬を調べる前に、まず各地の「慣行レベル」を調べました。この数値は、「農産物の栽培地が属する地域の同作期において当該農産物について慣行的に行われている生産過程等における節減対象農薬の使用回数(土壌消毒剤、除草剤等の使用回数を含む)」とされ、「地方公共団体が定めたもの(地域ごとに定めたものを含む。)又は地方公共団体がその内容を確認したもの」と定義されていて、農水省の特別栽培情報サイト※から各地の数値を調べることができます。
※農林水産省「特別栽培農産物に係る表示ガイドラインに基づき地方公共団体が定めた慣行レベル等」
https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/attach/pdf/tokusai_a-10.pdf
以下に稲作に関する各都道府県の農薬使用回数に関する「慣行レベル」をまとめました。栽培方法によって回数が異なる場合、下限と上限を併記してあります。また、自治体によっては、慣行レベルとともに50%削減した場合の回数を併記している場合があり、その回数も併記しました。
北海道・東北 / 関東・甲信
都道府県 | 慣行 | 削減 | 都道府県 | 慣行 | 削減 | |
---|---|---|---|---|---|---|
北海道 | 16~22 | 茨城県 | 17 | 8 | ||
青森県 | 17 | 8 | 栃木県 | 14~16 | 7~8 | |
岩手県 | 16 | 群馬県 | 12 | |||
宮城県 | 17 | 8 | 千葉県 | 14~16 | ||
秋田県 | 20 | 10 | 東京都 | 7 | 3 | |
山形県 | 20 | 神奈川県 | 16 | |||
福島県 | 16~17 | 山梨県 | 14~18 | 8~10 | ||
長野県 | 12 |
北陸 / 東海
都道府県 | 慣行 | 削減 | 都道府県 | 慣行 | 削減 | |
---|---|---|---|---|---|---|
新潟県 | 17~18 | 8~9 | 岐阜県 | 24 | 12 | |
富山県 | 18 | 9 | 静岡県 | 16~21 | 8~10 | |
石川県 | 22 | 8~12 | 愛知県 | 16~19 | 7~11 | |
福井県 | 20~22 | 10~11 | 三重県 | 16~18 |
近畿 / 中国
都道府県 | 慣行 | 削減 | 都道府県 | 慣行 | 削減 | |
---|---|---|---|---|---|---|
滋賀県 | 14 | 鳥取県 | 20~22 | |||
京都府 | 16~20 | 島根県 | 20 | |||
大阪府 | 14 | 岡山県 | 18~20 | |||
兵庫県 | 20 | 広島県 | 19~21 | |||
奈良県 | 14 | 山口県 | 21 | 10 | ||
和歌山県 | 20~22 | 10~11 |
四国 / 九州
都道府県 | 慣行 | 削減 | 都道府県 | 慣行 | 削減 | |
---|---|---|---|---|---|---|
徳島県 | 16 | 福岡県 | 14~20 | |||
香川県 | 16 | 佐賀県 | 18~23 | 9~11 | ||
愛媛県 | 13 | 長崎県 | 22~24 | |||
高知県 | 18~20 | 熊本県 | 19 | |||
大分県 | 19~22 | 9~11 | ||||
宮崎県 | 20~22 | |||||
鹿児島県 | 18~22 | |||||
沖縄県 | 22 | 11 |
慣行レベルの回数だけを見ると、最少は東京都の7回ですが、東京都の特別栽培「東京都エコ農産物認証制度」認証生産者リストのうち、稲作が確認できる生産者は10件未満で、使用農薬情報も見つかりませんでした。もともと生産が少なく、米の生産量も田耕地面積も全国最下位(水稲生産量=484t、田耕地面積=218ha)です(参考:第1位新潟県の水稲生産量=631,000t、田耕地面積=149,000ha)※。全国的に流通する商品ではなく、地元の直売所で買える特産物といった扱いになっていることが推測されます。
最大は岐阜県と長崎県(普通期)の24回になります。この2県での慣行レベルが高い理由はわかりません。病害虫対策なのか除草対策なのか、農薬施用の総回数だけでは正確な理由は推測できません。
※東京都「東京都エコ農産物認証制度」 https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/norin/syoku/econosanbutu/econosanbutu.htm
※農林水産省「グラフと統計でみる農林水産業:わがマチ・わがムラ」 https://www.machimura.maff.go.jp/machi/index.html
各地域で特別栽培米に使用される殺虫剤
ウェブ上に開示されている特別栽培米の「節減対象農薬の使用状況」を検索し、殺虫剤として使用されている農薬原体名を調べました。各県3サンプルを目安に、使用されている殺虫剤を抽出して集計し、地域ごとの上位10原体をリストアップし、地域ごとの総サンプル数に占める割合をパーセントで表しました。少ないサンプル数ですが、特別栽培米に多く使われる農薬(殺虫剤)の大まかな傾向が見て取れるかと思います。詳しい調査の方法は、図表篇のp.3を参照してください。ピンク色がネオニコチノイド系農薬、緑色がネオニコチノイドと同様の広範な環境負荷が懸念されるフィプロニル、水色がネオニコチノイド系農薬に類似した農薬で「次世代ネオニコチノイド(後述)」とも呼ばれます。
北海道(21サンプル)
東北(20サンプル)=青森(3)、岩手(3)、宮城(3)、秋田(4)、山形(4)、福島(3)
関東甲信(19サンプル)=茨城(3)、栃木(3)、群馬(0)、千葉(3)、埼玉(3)、東京(0)、神奈川(0)、山梨(1)、長野(3)
北陸(15 サンプル)=新潟(6)、富山(2)、石川(4)、福井(3)
東海(13 サンプル)=岐阜(4)、静岡(3)、愛知(3)、三重(3)
近畿(18 サンプル)=滋賀(4)、京都(4)、大阪(0)、兵庫(4)、奈良(3)、和歌山(2)
中国(16 サンプル)=鳥取(2)、島根(3)、岡山(3)、広島(3)、山口(5)
四国(9 サンプル)=徳島(2)、香川(1)、愛媛(3)、高知(3)
九州(23 サンプル)=福岡(3)、佐賀(4)、長崎(2)、熊本(4)大分(4)、宮崎(3)、鹿児島(3)、沖縄(0)
「次世代ネオニコチノイド」とも呼ばれ、ネオニコチノイドと同じくニコチン性アセチルコリン受容体競合的モジュレーターとして昆虫の神経系に作用する新農薬(スルホキサフロル、トリフルメゾピリム、フルピリミン)は、中国地方と九州地方での使用が目立ちました。飛来性ウンカ類などの対象害虫が、旧来の農薬に耐性を持ってきている状況があるのかもしれません。同じく「次世代ネオニコチノイド」に分類される農薬にはフルピラジフロンがあり、稲(苗箱)に施用できる製品がありますが、今回のサンプルに使用例はありませんでした。
食用に移入して野生化したスクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)は主に関西~九州でイネに被害を与えているようですが、九州のランキングで8位に入っているメタアルデヒドはスクミリンゴガイに対する農薬です。
ネオニコチノイド系農薬のジノテフランはどの地域でも上位に入っており、全国の総サンプルで使用される農薬を集計しても使用数第1位です。同じくネオニコチノイド系であるクロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサムも、新農薬の多かった九州以外の地域でいずれかがランクインしています。ハチなどへの影響がネオニコチノイドと同じく大きいことからEUで使用禁止となったフィプロニルは、日本では苗箱施用に広く用いられていましたが、セジロウンカでの耐性が知られるようになったためか、今回の集計ではそれほど多く見られませんでした。
農薬の用途と対象害虫
各地域上位10位にランクインした原体それぞれのサンプル数を全国集計し、多い順に並べたのが次の表になります。各原体について、含有製品の稲作での使用法※を参照し、用途と対象害虫をまとめました。IRAC系統分類※とは、有効成分が害虫を殺す仕組みのパターンによって原体を分類したものです。
※農林水産省「農薬登録情報提供システム」 https://pesticide.maff.go.jp/
※IRAC International「IRAC作用機構分類体系」 https://irac-online.org/documents/irac-moa-classification-japan/
用途と対象害虫※を見てみると、田植え時までに使用してイネドロオイムシやイネミズゾウムシなどの初期害虫を防除する農薬(①)と、出穂時期のカメムシやウンカの防除に水田散布する農薬(②)を併用することが、栽培期間を通じた防除の大筋になっているようです。①の用途にはジアミド系やオキサゾスルフィル、②の用途にはエトフェンプロックスなどがありますが、有機リン系のMEPやネオニコチノイドは、①の用途、②の用途のそれぞれに対応した製品が揃っています。よって、①と②に同じ原体が含まれていた場合、栽培期間中にこれらの原体が複数回使われることになります。
田植え後も長期間効果が持続する苗箱施用の農薬にはさまざまな原体が利用され、農薬の総使用回数を抑えたい特別栽培でも重宝されているようです。この用途は、効果が長期間続くネオニコチノイド系の得意分野です。
水田散布用の農薬には、ドローンなどで空中散布可能な製品が複数あり、今回集計した原体が含まれるものも多くありますが、特別栽培米に使用されているかどうかはわかりません。農水省のQ&Aには、「農薬散布を受けるほ場と明瞭に区別され、航空防除による農薬の飛散を受けにくい場所に設定する必要があります」として、慣行農法を実施している他の水田からの飛散を防止することが求められていますが、特別栽培水田での使用を禁止しているわけではありません。
※平江雅宏「水稲主要害虫の発生と防除」『植物防疫』2018, 72(2) p53-57 https://www.jppa.or.jp/archive/digital_magazine_72_01/
IRAC分類番号説明(主要グループと一次作用部位)
1:アセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害剤/神経作用
2:GABA作動性塩化物イオンチャネルブロッカー/神経作用
3:ナトリウムチャネルモジュレーター/神経作用
4:ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)競合的モジュレーター/神経作用
14:ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)チャネルブロッカー/神経作用
18:脱皮ホルモン(エクダイソン)受容体アゴニスト/生育調節
28:リアノジン受容体モジュレーター/神経および筋肉作用
特別栽培農産物とどう向き合うか?
今回、少ないサンプル数ではありますが、全国の特別栽培米の使用農薬を調べてみて、「特別栽培農産物」という表示が単に「安全な農産物」を意味しているのではないことも、いっぽうで農薬の使用回数を削減するために生産者が努力していることもわかりました。使用農薬が開示されているという利点もあるので、特定の農薬を避けるために、節減対象農薬の使用状況を参考にすることも可能です。また、耐性が生じた害虫や外来生物に対して、使用農薬を工夫しなければならない地域ごとの実情も推測されました。
このような情報を参考に、地域の農業はどうあるべきか、主食であるコメ作りの未来をどのように描くべきか、消費者も生産者とともに考える必要があるのではないでしょうか。