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トップページ イベントレポート 【Future Dialogue】第2回ネオニコチノイド系農薬はもういらない~子どもたちを守る最新研究とオーガニック給食

ネオニコチノイド系農薬は、子どもの神経発達障害との関連など人体への影響が明らかになりつつあり、海外では規制が進む一方で、日本の対応はいまだ遅れています。NPO 法人アジア太平洋資料センター(PARC)との共催で行なった第2回オンラインイベントでは、ネオニコチノイド研究の第一線に立つ医師の平久美子(たいら・くみこ)さんから人体影響に関する最新研究を、そして千葉県いすみ市職員の鮫田晋(さめだ・しん)さんからは、この先に目指す社会を考えるヒントとなる有機米100%の学校給食を実現した市の取り組みについてお話しいただきました。

 


 

講演1:平久美子(たいら・くみこ、医師・ネオニコチノイド研究会代表)
「ネオニコチノイド系農薬はもういらない―子どもたちを守る最新研究―」

平久美子/医師、ネオニコチノイド研究会代表

2004年より環境ネオニコチノイド曝露の人体影響の臨床研究に取り組み、国内外の研究者との共同研究による論文多数。2016年よりIUCN浸透性殺虫剤タスクフォース公衆衛生グループ座長として世界的に活動中。

 
※講演で言及している研究の参照先は資料「ネオニコチノイド系農薬はもういらない――子どもたちを守る最新研究」に書誌の記載があり、資料「ネオニコ関連文献リスト」にも掲載されています。

ネオニコチノイドと類似物質は10種類

本日は「ネオニコチノイド系農薬はもういらない―子どもたちを守る最新研究―」ということでお話しさせていただきます。主な内容は「環境汚染は人体汚染」「日本の子どもに異変が起きている」「ネオニコチノイドは脳に蓄積する」「どのくらい減らせばよいか?」の4つになります。

まず、日本人が使うネオニコチノイドとその類似物質は10種類あります。基本的にどれも作用機序は変わりません。これらは1990年代前半から使われ始め、2000年から2007年に使用量が倍増し、その後は横ばいで推移しています[p.3]。ネオニコチノイドは浸透性で、ニコチン受容体に作用します。この図[p.4左]のうち白で示したのが、日本でネオニコチノイドとして農薬登録されている7種類です(イミダクロプリド、アセタミプリド、ニテンピラム、チアクロプリド、チアメトキサム、クロチアニジン、ジノテフラン)。また、アメリカでネオニコチノイド系の新規登録ができなくなった2015年以降に登場して、ネオニコニコチノイド以外として分類されているものが3種類(スルホキサフロル、トリフルメゾピリム、フルピラジフロン)あり、そのほかに中国で開発されて中国だけで使われているものが数種類(シクロキサプリド、グアジピル、パイコングジング、イミダクロチズ、ファンヤンリン)あります。

ネオニコチノイドは一般的な農薬分子の特徴を兼ね備えています[p.4右]。すなわち「分子量は低く、およそ300以下」、そして「水にも油にも溶ける」という特徴です。水分子と結合しやすい部分があるのですが、生理的なpH、いわゆる中性の7くらいではイオン化しません。そして、一つの分子のなかに少し弱くプラスとマイナスの部分があるので、アミノ酸の鎖であるタンパク質に非常に結合しやすいという特徴があります。そのため、細胞膜は簡単に通過して、ほぼ100%、食物や飲料、空気から吸収されますし、脳、精巣、胎児など、本来いろいろなもので守られているはずの組織にも浸透していきます。そして、分解の遅いものは組織に蓄積し、分解されてもより毒性が強まることがあります。標的のタンパク質はあるのですけども、標的外のタンパク質にもしばしば結合して作用します。

バナナ農園周辺の住民の毛髪から検出

「環境汚染は人体汚染である」について、フィリピンの事例を紹介します[p.5]。フィリピンの3つの島で、畑の土壌と住民(男女子ども30人ずつ)の毛髪を調べました。1カ所目はルソン島のスイートピー畑、2カ所目はマニラ近くのマリンデュケ島で稲作をしている場所、3カ所目はミンダナオ島のバナナ農園です。それぞれの土壌を調べたところ、バナナ農園での総ネオニコチノイド(4種類の原体の合計)濃度が一番高く出ました。そして、土壌中の濃度が高い地域では、人の毛髪のネオニコチノイド濃度も高く出たのです。すなわち、農園でネオニコチノイドを使っていたら、子どもも含めて周りに住む人の暴露もどうもあるようだ、という結果でした。

ネオニコチノイドは生態系にも確実にダメージを与えています。このグラフ[p.6]は島根県のネオニコチノイド出荷量と宍道湖の漁獲量を示しています。ネオニコチノイドの使用が始まったのは1990年代ですが、使用開始直後から、ワカサギ、シラウオ、ウナギなどの漁獲量の大幅な減少が見られています。当初、これは海水温の上昇が原因だと言われていたのですけども、その後もほとんど元に戻っていません。宍道湖の動物性プランクトン・バイオマスを調べてみると、ちょうど水田のカメムシ防除目的としてネオニコチノイドの使用が開始されたときからプランクトンが激減しています。2018年6月には、宍道湖に流入する河口付近の水から最大0.072μg/Lの総ネオニコチノイドが検出されました。これは、水生無脊椎動物に悪影響を起こしうる濃度です。

農薬散布後に急増した15歳以下の受診

私たちの経験についてもご紹介します[p.7]。2004年、群馬県で松枯れの原因とされるマツクイムシを媒介するカミキリムシ駆除のため、地上40mまで吹き上げる散布器を用いて、0.02%のアセタミプリド水溶液が盆地周辺の山林に散布されました。すると、散布の半日後から数日後にかけて、胸痛、動悸、胸苦しさを訴えて受診する患者が急増しました。翌年にまた散布すると、同様の患者が多数受診しました。その多くが15歳以下の子どもです。心電図で異常が認められる方がとても多くいました。

2006年に松枯れ対策の散布を中止した後、国産果物や茶飲料の連続摂取後に同様の症状を訴える患者が急増しました[p.8]。いろいろな症状の訴えがあり、心電図異常のほか、頭痛や全身倦怠、腹痛、震え、近時記憶障害、発熱などすべてを同時に訴える患者さんもいました。この棒グラフの青い部分ですが、この患者さんの尿からはアセタミプリドの分解産物DMAPとチアメトキサムが高濃度・高頻度で検出されました。

アセタミプリドによる近時記憶障害が起きると、昨日、一昨日に食べたものが思い出せません。この左側の画像[p.8]は尿中からDMAPが検出された11歳の患者さんの書いた食事メモですが、実はいろいろなものを食べているのに、非常にシンプルなものしか思い出すことができません。一方、右側の画像はネオニコチノイドが検出されなかった元気な11歳のメモです。普通であれば、このように3日前くらいまで食事内容が思い出せます。近時記憶というのは即時記憶よりも保持時間が長く、数分から数日前の記憶です。通常、情報はいったん意識から消えますが、思い出そうとすると視覚記憶として思い出すことができる。それができなくなるのです。したがって、子どもがアセタミプリド中毒になると、学校の成績はガタっと落ちて、クラスのトップからビリになってしまうことも起こります。

新生児の尿にも母体由来のネオニコチノイド

いま、子どもたちの尿からネオニコチノイドは高頻度で検出されています。この表[p.9]は、長野県でチアクロプリドを松枯れ防止のために散布する前後に、子どもたちの尿を調べた結果です。実は、空中散布をしてもしなくても、かなり高い率で1種類以上のネオニコチノイドが検出されています。さらに、新生児の尿からも検出されています。2009年1月から2010年12月に栃木県にある大学病院の新生児ICUに入院した、出生体重500~1,500gという小さく生まれた赤ちゃんの57例ですが、その約4分の1からアセタミプリド分解産物のDMAPが検出され、1例からジノテフランが0.4ppb検出されています。新生児ICUでは、出生後48時間は母乳を与えないため、検出されたネオニコチノイドは母体由来と推定されました。

ヒトが摂取したネオニコチノイドは全身に分布し、胎盤を通り抜け、臍帯から胎児に移行し、胎児脳を汚染します[p.10]。これらはすべて論文で確認されているデータです。いまやヒトは体内で環境ホルモンだけでなく、ネオニコチノイドの暴露を受けるようになってしまいました。妊娠中の農薬暴露が、出生および出生後の神経発達や肥満に影響を与えることは、いまや世界の常識となっています[p.11]。

有機塩素、有機リン、ピレスロイドなど過去に使われたものについては、すでにADHD(注意欠陥・多動性障害)や自閉症、発達の遅れと関係があるという立派な疫学研究の論文が複数あります。ただ、ネオニコチノイドでは、そうしたものはまだありません。それはまだ新しい農薬だからです。しかし、ネオニコチノイドが哺乳類のニコチン受容体に結合して刺激するという研究が、日本の木村-黒田純子先生によって2012年に発表されています[p.11]。新生児ラットの小脳顆粒細胞にネオニコチノイドを投与すると、ニコチンと同じ濃度で同じように興奮したという論文です。ですから、ネオニコチノイドはヒトの脳に影響を与えうると考えられます。

検出量の増加と子どもたちの異変

次に、「日本の子どもに異変が起きている」というお話をします。皆さまご存じのように、日本で生まれる子どもの数は減り続けています。2004年から2014年では10%、2010年から2020年では20%以上も減っています。しかし、不登校の子どもは増えています[p.12]。また、通級による指導を受けている児童・生徒、すなわち障がいが軽い子どもの数も増えていて、10年間で2.5倍、自閉症の子どもは5.3倍になっています[p.13]。そして、特別支援学級(障がいが中等度)の子どもの数も10年間で2.1倍に増えています。自閉症・情緒障がいの子どもの数は2.8倍、知的障がいの子どもの数は1.7倍になりました。

さらに、特別支援学校(障がいの比較的重い子どもを対象とした学校)の在籍者も増えています。10年間で1.3倍となり、主に知的障がいの子どもが増加しています[p.14]。先天異常の子どもも数・頻度ともに増加しています。これは全数調査ではないので参考データになりますが、日本産婦人科学会によると、2004年から2014年の間に、頻度が1.4倍、総数は2.1倍になっています。心血管系、泌尿器系の奇形が目立つということです。

したがって、ネオニコチノイドが尿中から検出される種類と量の増加に一致して、子どもたちに異変が起きています[p.15]。もしネオニコチノイドがこの異変に関係あるとすれば、誰がヒトへの毒性を証明するのでしょうか? 少なくとも小児精神科医、小児神経科医は原因を検索しません。彼ら、彼女らの仕事は親を支えることであって、原因の検索はしません。そして、化学物質を製造する人、製品の使用を認可する人、すなわち農薬メーカーや行政は、積極的には調査しません。製造責任や認可責任を取りたい人はいないからです。公衆衛生学者は、仮説を立てて疫学研究をしますが、結論が出たときにはすでにたくさんの被害者が出ています。こちらの結果は後追いです。もし疑いをもった臨床医が自ら臨床研究を実施しなければ、誰も何もしないまま時間だけが過ぎていきます。でも、いち早く危険を察知した消費者、生産者がリスクを避ける行動をとれば、子どもは守られると私は考えます。

肝臓で分解される前に、脳に蓄積される

次に、「ネオニコチノイドは脳に蓄積し、神経発達をかく乱する」というお話をします。イミダクロプリド0.5㎎/kgは、ほとんど毒性が出ないと言われている少ない量ですが、これを母マウスに投与した研究では、胎仔マウスの肝臓と脳にイミダクロプリドの蓄積が認められています[p.16]。そして、仔マウスの中脳脚間核のニコチン受容体が増加していました。これはアップレギュレーションと言われるもので、イミダクロプリドによってニコチン受容体が刺激されたことで増えたのです。つまり、仔マウスは確実に、このニコチン受容体の刺激を受けたことになります。これによって仔マウスの対照群と比べて、活動亢進、社会的支配指向性、うつ様行動の減少、社会的攻撃性の減少など、いわゆる行動の異常が認められたという論文です。

それでは、イミダクロプリドは実際に、体のなかでどのような分布をとるのでしょうか? 北海道大学の池中(良徳)先生のところでされた研究ですが、雄マウスにイミダクロプリドを24週間経口投与し、代謝物6種類を含めて測定したところ、血液、精巣、脳、腎臓、肺、脂肪、そして肝臓に分布しました[p.16]。イミダクロプリドは還元反応によって、より毒性が強いデスニトロイミダクロプリドになると言われています[p.17]。酸化反応では比較的毒性が弱いオレフィン体というものになりますが、オレフィン体に比べてデスニトロイミダクロプリドは約3~4倍の毒性の強さがあると言われています。そして、このデスニトロイミダクロプリドは例えば中国の武漢の人の尿から頻繁に検出されています。ですから、この実験で使ったマウスと人間はかなり似ている可能性があります。

この円グラフ[p.17]は、マウスの組織の代謝産物とイミダクロプリド(青で表示)の内訳を示した図です。肝臓ではイミダクロプリドは少なく、逆に毒性の高いデスニトロイミダクロプリド(緑で表示)がたくさん蓄積しています。逆に、それ以外の組織ではイミダクロプリトがそのまま蓄積しています。ですから、肝臓での分解は結構ゆっくりなのです。「摂取したら、そのうち分解される」といっても、その分解される前にぐるぐると体中をかけ巡って、どんどん蓄積しやすいところに行ってしまう。それが脳であり、腎臓であり、肺であり、精巣であるということです。

小児の神経発達に悪影響を及ぼす可能性

アセタミプリドにも同様の作用があります。母マウスにアセタミプリドを投与したところ、仔の雄マウスに、性行動・攻撃行動の増加、不安を誘発する場所に対する情動反応の低下を起こしました[p.18左]。これは国立環境研究所の前川(文彦)先生らのデータです。アセタミプリドが脳の神経組織の発達を障害するという研究もあります。妊娠マウスにアセタミプリドを体重1㎏あたり1日5㎎というかなり多い量ですが、胎生6日ないし13日、つまり大脳皮質ができる期間に投与します。すると、皮質板の低形成と神経発生の低下、そして新生児マウスの新皮質には異常な神経分布、そして異常な細胞の増加が認められています[p.18右]。ですから、直接に脳組織の構造に影響を与えることもあるということです。

そして、クロチアニジン、いわゆる商品名「ダントツ」は、ヒトの免疫細胞のニコチン受容体に低い濃度で作用します[p.19左]。クロチアニジン0.4μM(0.1mg/mL)に一晩浸すと、ヒト白血球の炎症惹起物質LPSの刺激に対する反応が出ました。これはADIという1日摂取許容量(※注1)と同じレベルです。この反応そのものが良いか悪いかはともかく、ヒトのニコチン受容体がクロチアニジンに反応するということです。そして、クロチアニジンは実際に神経発達を障害します。マウスにクロチアニジン65㎎/kgを、これはかなり多い量なのですが、胎生1.5日から生後2週間まで投与したところ、青年期の不安様行動と成人期の身体活動性の増加、海馬歯状回の神経活動の増加と神経発生の低下が観察されました[p.19右]。

そして一番よく使われているジノテフラン、いわゆる商品名「スタークル」ですが、これも神経発達を障害します。雄のマウスにジノテフラン製剤「アルバリン」を3週から8週齢(思春期前後)の期間投与したところ、オープンフィールドテストで過活動、黒質線条体のチロジンハイドロキシラーゼの活性の増加という脳神経の反応が出ています[p.20左]。実際に、ヒトでどうなるのかはわかりませんけれども、哺乳類に対していままで安全と思われていた量でも、かなり反応するということがこれらの実験でわかります。したがって、すべてのネオニコチノイドは小児の神経発達に悪影響を及ぼす可能性があります。

オーガニック食品摂取で排泄が減っていく

では、一体どうしたらいいのでしょうか。ここにとても素晴らしいデータがあります。ネオニコチノイドが入っていない食品を食べ続けると、尿中のネオニコチノイド排泄が減っていくのです[p.20右]。これは福島県の有機農業の方々がなさった研究なのですけども、オーガニック食品の摂取開始前の尿中ネオニコチノイド検出率は非常に高いのですが、ジノテフランなどは大体一カ月経つとほとんど検出されなくなります。わりと検出率の低下が遅いのがデスメチルアセタミプリドですが、これも30日経てば半分くらいにはなります。おそらく半年経てば、かなり抜けてしまうことになります。

それから、「実際どのくらい減らせばよいのか?」ですが、市販食品の残留量調査による国民の推定1日摂取量を見ると、空中散布被害や亜急性食中毒被害があった頃は、かなり多い量のネオニコチノイド摂取が認められています[p.21]。これは別に非常に問題となるような多い量ではないのですけれども、それでも多かった。おそらく輸入食品の影響もあると思います。それがだんだんと減って低い値に落ち着いているのですけれど、逆にジノテフランの使用が増えて、たくさん摂取されるようになっています。

いまのADIは、人体蓄積、胎児への移行を念頭に置いていません[p.21右]。もともと人体に蓄積したり胎児に移行したりする物質が農薬として認可される可能性はほとんどゼロです。そのことがわからなかったから認可されただけなのです。最近の動物実験のデータを採用し、不確実係数(※注2)として1,000を採用すると、図のような数字になります[p.21右]。たとえばイミダクロプリドについては現行のADIの0.3%、アセタミプリドも1.4%、クロチアニジンも1.0%、ジノテフランは20%です。1%というと、使う頻度を100回に1回に減らすということ。そして、20%では使う頻度を5回に1回にするということです。なんとなく出来そうな気がしてこないでしょうか?

有機農業は世界のトレンドです[p.22]。子どもたちのために、農薬の使用を減らす決断が世界中で始まっています。

※注1)Acceptable Daily Intake: ADI。人が一生涯にわたり毎日摂取しても健康上悪影響がないと推定される化学物質の最大摂取量で、日本では食品安全委員会が評価して算定する

※注2)動物実験で得られた値からヒトへの無毒性量を求める場合に、種差や個体の感受性差などの不確実性によるリスクの過小評価を避けるためにかけ合わせる係数。
 


 

講演2:鮫田 晋(さめだ・しん、千葉県いすみ市農林課主査)
市民と行政が実現するオーガニック給食

鮫田晋/いすみ市農林課・主査

学生時代に始めたサーフィンが縁で2005年にいすみ市役所に転職。2013年から環境と経済の両立を目指したまちづくりに従事し、2017年に全国に先立ち、学校給食の全量有機米使用を達成。

 

ゼロから実現させた有機米の学校給食

私からは、千葉県いすみ市が取り組んでいるオーガニック給食と有機農業を推進してきた経緯などについてお話をさせていただきたいと思います。私たちはいま学校給食に使用するお米はすべて全量、地元で作られた有機米で提供していますので、せっかくだったら子どもたちにも有機米づくりに一緒に参加してもらおうということで授業をやっています。写真はその田植えのときの風景です。こういった形で子どもたちがただ体験するだけでなく、自分たちで自然と共生する農業をして、そこから得られる収穫物、有機米を学校給食で毎日のように食べるということを実現しています。

いすみ市の紹介ですが、人口は3万7千人くらいの小さな町ですけれども、いままでにほとんど開発の影響を受けておりませんので、いまとなってはすごく貴重になった昔ながらの里山、里海というものが残され、そこからさまざまな恵みを得ている地域です。最近は、田園回帰で農村に住みたいという方々が非常に増えていますので、そういったなかで、いすみ市はいま人気があります[p.2]。

私たちの活動の特徴は、学校給食に使用するお米のすべてを有機米で提供しているところで、それによっていすみ市という名前も全国的に知られるようになったと考えております[p.3]。だからといって有機農業が昔から盛んな地域だったわけではなく、初めて取り組んだのは2013年ごろでした。ゼロから始めて3~4年で学校給食の有機米100%供給を実現したことが注目されているのだと思います。

有機米生産の拡大を支えたのは、何といっても学校給食です[p.4]。学校給食に提供することと有機農業を広めていくことは、切っても切り離せない関係にあります。いまは有機米の提供と併せて、これもゼロからなのですが、学校給食に向けた有機野菜の生産も進めています。2018年から始めて、この2年余りの間に8品目を年間使用量の約2割まで有機で提供できるようになりました。来年、再来年と、もっと有機野菜の提供が増えていくと考えています。

オーガニック給食が地域の魅力に

国をはじめ、いろいろな方々から取り組みを評価していただいていますが、まさかこんなに世間のみなさんから注目していただけるようになるとは、私たちも思っていませんでした。映画『いただきます ここは発酵の楽園』や『食の安全を守る人々』などでも、私たちのオーガニック給食の取り組みが紹介されています[p.5]。

そういったなかで、「いすみ市はいい町だね」という認識も広がっていまして、私たちが力を入れている移住定住政策に関しても、オーガニックの学校給食をやっていることが一番大きな売りになっています。そういったことも評価されて、「住みたい田舎」ベストランキングで5年連続1位を獲得しています[p.6]。移住希望者の指向性を見ていますと、自然のなかで安全安心な暮らし、子育てをしたい方が中心ですので、「オーガニック」というキーワードは外せません。

全国で学校給食の有機化に取り組んでいる方は本当にたくさんいらっしゃいます。そうした方々ともやりとりする機会が非常に多いのですが、「なぜ有機の給食を進めたいか」と伺ってみますと、やはり食の安全のことが第一です。そのひとつがグリホサートという農薬、商品名でいうと「ラウンドアップ」という除草剤ですが、この農薬の問題が非常に消費者の不安になっていると感じています[p.7]。アメリカやカナダなど外国産の小麦では、収穫の約2週間前に除草剤をかけて乾燥させてから収穫するという方法が一般化されており、そのような食品が日本人の主食に取って代わっている状況がありますので、そこに対して不安を感じている方が非常に多くいます。

それともうひとつ、今日のテーマであるネオニコチノイド[p.8]については、世界は規制の流れに向かうなかで、わが国では結果として作物によっては基準が緩められて使用量が増えているという現実があります。それを不安に感じる方も非常に多いと思います。

世界のオーガニック給食、有機農業の状況

世界の給食状況を見てみますと、EU諸国では「給食のオーガニックは当たり前」という状況になっています[p.9]。世界的にも有機農業の先進国であるイタリアでは、首都ローマほか多くの都市でオーガニックが当たり前です。フランスは法整備をしまして、国家の目標として定めてオーガニックを推進しています。そして、同じアジアのお隣の韓国では、首都ソウルは小中高校でオーガニックの無償給食をもう実現されています。この分野に携わって、私も非常に大きな衝撃を受けたテーマのひとつです。

有機農業を広めるために政策を立てて実行することも我々の仕事です。そういった観点で見ると、とくにEU諸国では、目標を掲げて、学校給食を中心とする公共調達で、より望ましい持続的な食料生産を広めていくことが大きな政策になっています[p.10]。ブラジルもアグロエコロジーの農業推進をしており、公共調達を利用して広めていることがわかっています。それからEUは、2030年までにEU全域でオーガニックの農地面積を全体の25%まで拡大させるという野心的な戦略を掲げて推進していることもご承知おきいただきたいと思います[p.11]。

一方、わが国ですけども、これまでは有機農業の推進にあまり力を入れていないのではないか、という声があったのですが、この5月に策定されました「みどりの食料システム戦略」のなかで、2050年までに有機農業の取り組み面積の割合を25%まで広げていくという、非常に高い目標を国として掲げることになりました[p.12]。ちょっと先の話だと思うでしょうが、現在の有機農業面積割合は0.5%ですから、2050年までといえども25%という数字がいかに大きな目標か分かっていただけるのではないでしょうか。この「みどりの食料システム戦略」のなかで、持続可能な地場産物や、国産有機農産物を学校給食に導入する取り組みの推進というものも正式に謳われることになりました[p.13]。この先、日本でも有機農産物の学校給食が推進されていくという岐路に立っているのが現在なのだと考えています。

それを目指すうえで何よりも重要なのは、市民のみなさんの関心の高さだと私は思っています。いま全国では、何千人ではきかないくらいの方が活動されています。各地で活動されている方々の状況は見えにくいのですが、「オーガニック給食マップ」というサイトが立ち上がり、これから全国の市民の活動が掲載されて交流できると伺っていますので、ますます関心が高まると考えています[p.14]。

行政、農業者、市民が一体となった町づくり

いすみ市の活動ですが、最初はオーガニックの学校給食を目的にして始まったものではありませんでした。減農薬なども含めて「環境重視の米づくり」というところからスタートしています。兵庫県の豊岡市が絶滅危惧種のコウノトリを再び野生復帰させるという素晴らしい取り組みをされたのですが、豊岡市ではコウノトリの餌場となるような水田の生物多様性を復活させていきました[p.15]。そのためには農薬の使用を減らす、もしくは使わない農業にしなくてはいけないということで、非常にこの地域が発展していきました。それを受けて、いすみ市の太田洋市長が「素晴らしい取り組みだから、いすみ市でもやりたい」と同様の活動を始めることになったのです。

まず考えなくてはいけないのは、いま農業そのものが危機的状況にあるということです。いすみ市の農業は米づくりが中心ですけども、米価は下落しています。今年はこのままいくと大暴落です。これでは農家が経営を維持できないという問題がありまして、誰も継いでくれないので耕作放棄地が広がり、野生生物が地域を荒らすようになって、人が住めないということが連鎖的に起こってきます[p.16]。

それを総合的に発展させ活性化するということを考えたとき、「それは環境重視の米づくりだろう」として、私たち行政と市民のみなさん、農業者、NPOなどと一緒に「自然と共生する里づくり連絡協議会」をつくりました[p.17]。そして、一体となって環境と共生するまちづくりを進めています。これは2012年に市長のトップダウンで出来上がった協議会です。いくつかの部門に分かれていますが、一番主力の部門が環境保全型農業(水稲)部会で、これには地元の農協さんも入っていただいています。市の農林課が事務局となっており、私が2013年からやっています。協議会全体の会長をいすみ市の副市長が務め、副会長は農協の組合長さんということからも、いかに地域一丸となって進めていく体制が作られているかがご理解いただけるのではないかと思います。

手探りの無農薬栽培で厳しいスタート

この協議会の目玉プロジェクトが、それまでいすみ市では誰もやっていなかった有機の稲作、つまり農薬・化学肥料を使わない稲作を推進していくことです。本格的に始めたのは2014年からでした。有機稲作に期待することには、米づくりを継続するための経営改善があります。有機米は値下がりをしていませんので、うまく作れれば経済的な意味での経営の安定が期待されます。もうひとつ、農薬・化学肥料を使わない稲作は、環境再生や生物多様性の保全再生につながります。再生された農村環境を、教育であったり、都市部のみなさんとの交流事業であったり、まちづくりのさまざまな施策に活用して「いすみ市を丸ごと活性化しよう」という狙いのもとに推進しています[p.18]。

しかし、最初はどこから手をつけていいのかわからない状態でした。そこで、協議会の代表的な一農家の方が、「しょうがないな」と渋々ながら、とりあえず手探りで無農薬栽培を始めてくださいました。ところが、最初から予想がついたことですが、田んぼは草だらけ[p.19]。このままでは続けることもできないという非常に厳しいスタートでした。これは勉強する必要があるということで、翌年からこの分野の第一人者であるNPO法人「民間稲作研究所」の稲葉光國先生をお呼びしました[p.20]。残念ながら稲葉先生は昨年12月に亡くなられたのですが、2014年から2016年の3年間にわたって集中的に有機稲作の技術を学ぶ授業を始めました。

いすみ市が授業の主催者になりまして、稲葉先生が指導されたことを地元の農家の方に試していただき、その結果がどうだったかを県の技術職の方に調査してもらいました[p.21]。肥料や育苗培土など、さまざまな資材が農業生産には必要になるのですが、そういったものは農協が調達するという連携体制で進めてきた事業です。取り組みのなかで農家の減収が非常に心配されましたので、2014年から2016年の間にチャレンジしてくれる農家については、減収しても経営に響かないように10アールあたり4万円という委託費を払うかたちをとりました。この3年間で技術がおよそ定着しまして、事業に参加する農家も技術的に一人前となり、いすみ市の産地としての広がりを支えてくれたと考えています。

「何のために有機稲作をやるのか」

もうひとつ非常に重要なことがありました。「我々は、この有機の稲作を何のためにやるのか」ということです。食の安全や環境保全、それから大きな意味での食料主権の問題などに対して、有機稲作は良い解答になる部分があります。我々はゼロから学んできたわけですけども、稲葉先生には技術を教わるだけではなくて「何のために取り組むんですか」という問題提起をことあるごとにしていただきました。講演会、勉強会、シンポジウムなどを開き、いすみ市長も最初から最後まで出席をして、「いすみ市はどういう方向に進んでいったらいいか」ということを、行政と市民のみなさん、協議会のメンバーみんなが一緒になって考えて進めてきた経緯があります[p.22]。そのなかで、「学校給食に有機米を提供するのはどうだろうか」という声も自然に聞かれるようになってきました。

今日のテーマはネオニコチノイドですが、私は農業については素人だったんですけども、いままで慣行栽培でやってきた農家、あるいは関係者も、ほとんど環境あるいは人体に対するネオニコチノイドの影響についての認識はなかったです。今日の平先生の研究成果は、以前に稲葉先生を通して知り、かなり衝撃を受けました。そういったことからも「自分たちの作った有機米は子どもたちに食べさせるべきだ」という農家の思いがあり、それを市長に伝えたところ、「それはいいことだから、すぐにやろうよ」となりました。

2015年にまず4トンの有機米が学校給食に提供されることになったのですが、この反応がすこぶる良かったんです。学校関係者、保護者、地域の方などあらゆる方から「素晴らしい取り組みだから、もっとやっていこうよ」という声が上がりまして、「市民のニーズに応えられている」という自信を深め、翌年は財政当局からの予算もついて拡大していきました[p.23]。そして、2016年の夏ごろだったでしょうか、市長から「学校給食の全量有機米使用を目指しましょう」という強い呼びかけがありました。それに応える形で農家が頑張って増産した結果、2017年秋に約50トンを収穫できたので、それ以降すべて給食は有機米で提供しています。

そこで気になるのは予算の問題ですよね。通常給食で使うお米と有機米では価格差が出てきます。これをクリアするために、私たちは「給食費を値上げしない」という選択をしました[p.24]。子どもたちの健全育成に資することであり、有機農業という新たな産業を育てることもできることから、差額分は行政が支出するかたちで続けています。いすみ市の場合、給食に年間約42トンの有機米を使います。その年によって基準となる通常米の相場が変わるので予算額は一定ではないのですが、大体年間500万円前後の予算です。学校給食を通して、有機米によって「子どもたちを健康に育てたい」という私たちの思いは、消費者のみなさんにも伝わるだろうと考えて、販売している有機米を「いすみっこ」という名称にしました[p.25]。給食に限らず、市外でも多くの得意先に恵まれています。

給食の野菜も地元産・有機のものを

初めは、有機野菜を進める計画は市役所にはありませんでした。ところが、地元で小規模で長年有機野菜の生産に取り組んできた農家のおばちゃんたちのグループから、「私たちの作った有機野菜もよかったら学校給食で使ってよ」と言われまして、これは素晴らしいなと思いました。そこで、先ほどの協議会のなかに有機野菜部会も作りまして、いまは学校給食向けの生産もしています。このおばちゃんたちのグループと新規就農者の方が中心メンバーになり、子どもたちが収穫体験をした野菜が翌日の給食で食べられるという取り組みも実現しています[p.26]。

これまで給食の野菜は、地元の青果店から購入するほか、学校給食センターでは半調理品、カットされたもの、冷凍品なども使わないと献立が間に合わないという理由から、千葉県の学校給食会を通してそうした加工品を購入していました。その野菜の出所をみますと、市場野菜であったり、契約栽培の野菜であったりで、いままで地元野菜は一回も供給がされたことがない状況でした。「これではいけない」と、先ほどの有機野菜のグループと直売所で協力して1日あたりのロットにまとめていただき、学校給食センターに有機野菜が納品される流れを確立させて取り組んでいるところです。

具体的には、学校給食センターの栄養士さんと農家のみなさん、そして我々事務局で毎月会議を開き、そのなかで「次の月の、この日の献立のコマツナは誰が納入できますか?」と決めながらやっている状況です。手探りで続けながら、この2年余りの間に調達可能な野菜が8品目になり、その8品目においては2割、3割とどんどん有機の割合が増えている状況で、非常に実績が上がっていると感じています[p.27]。このやり方は我々が独自に考えたものではありません。愛媛県の今治市が30~40年にわたって、有機農産物で地産地消の学校給食による素晴らしいまちづくりをしていて、『地産地消と学校給食』という本にもまとめられています。こういったものを頼りに、我々は進めているところです[p.28]。

オーガニック給食が生み出した成果

有機米の給食と併せて、食・農・環境教育にも力を入れ始めました。2016年から有機米づくりを子どもたちと一緒にやっています。環境教育としての生きもの探しや地域学習を包括する総合学習のプログラムとして続けています[p.29]。何より重要なのは、授業で単に学ぶだけではなく、実際につくったお米が学校給食を通じて自分たちの健康を毎日支えているということだと思います。有機農業や持続可能性が、まさに「自分ごと」として感じられる子どもたちを育てることが大切だと思っています。環境NPOなどの方々と一緒に取り組んでいるのですが、このプログラムを教科書『いすみの田んぼの里山と生物多様性』にまとめて配布しており、実施する学校も増えています。田植えから、生きもの探し、収穫、脱穀とすべて自分たちの手でやり、食べるところまでつながる総合学習です[p.30-31]。

最後に、成果についてです。私も最初びっくりしたのですが、有機化に取り組む前は給食のお米の残食が2割近くあるような状況でした。それが年々減ってきまして、いまは10%を切るようになってきました[p.32]。給食全体の残菜率も減っていまして、成果が表れてきています。それから、私のノルマは農家の経営をよくすることですので、経営の実情はどうなんだろうと調べるまで少し心配でした。いま取り組んでいる農家の方々には、いきなり有機農業に全面転換するのは現実的ではないので、まず小さな規模でやり方を覚えてもらい、ここの田んぼでもできそうだ、あそこの田んぼでもできそうだと、毎年有機の田んぼを増やしてもらっている発展の状況にあります。そのなかでも有機米に取り組んでいる部分については、非常にいい経営になっていると言えると思います[p.33]。

今日はあらすじだけの話でしたが、もっと詳しく知りたいという方がいらしたら、太田敏監督の映画『いただきます ここは発酵の楽園』でいすみ市を取り上げていただいているのですけども、その映画に追加のインタビュー取材を加えた『いただきます2 オーガニック給食篇 配信オリジナルVer』もあります[p.34]。いすみ市と同じように全量有機米の給食に生産部分から取り組んでいる千葉県木更津市も取材されていて、開始から3年くらい経ちますが非常にうまくいっていると伺っています。そうした木更津市や長野県松川町の映像なども取り上げられているということなので、ご関心のある方はぜひご視聴いただければと思います(次回配信予定は12月12日13時~16時)。
 


 

ディスカッション(進行:abt星川淳)

星川:ここからは、僕がファシリテーターを兼ねて3人で進めていきたいと思います。今日のお話を聞いて、ものすごい極論で印象を言うと、一方は「絶望」、もう一方は「希望」で、その競争のような気がしました。ただ、そう簡単に括れるものでもないと思うので、これからの日本社会をどうしていくのかというお話をしていきたいと思います。最初に、平さんのお話に対して鮫田さんはどんな感想をもったでしょうか?

鮫田:平先生の研究成果については、私たちの農業技術の師匠であり、有機のまちづくりに取り組む際に本当に大きな先生だった民間稲作研究所の稲葉先生の講演でも発表されていまして、それはもうすごく衝撃を受けました。取り組みの原動力のひとつがネオニコチノイドの問題であり、食の安全だったんですよね。そして、いま有機米の学校給食という形でなんとか成果が出せたということで、今日の企画で平先生とご一緒できたことは、「ここまで頑張ってよかったな」と、私としては特別感慨深い思いで先生のお話を伺っていました。

星川:平さんはいかがでしょうか?

平:鮫田さんのやっていることは、本当に素晴らしいお仕事だと思います。それこそ鮫田さんや稲葉さんのように、まず自然を大切に考えて、人の体のことも考えて、そしていいものを作っていくというのは日本のあるべき農家の姿であり、標準だと思うんですね。

私がネオニコチノイドの毒性のことをずっと言っていると、農水省の人や学者とかが「とにかく農家は高齢者でよくわかっていないのだから、そんなもの使うのは仕方ないよ」と、農薬を減らす工夫をするとか、なるべく使わないほうがいいんだと考える人がまるで一人もいないかのような言い方をするんです。でも、それは絶対違うと思う。だって、私が出会う農家の人は、みんな本当に頭が良くて努力家で、実際にいろいろな結果を出す人たちばかりです。ですから、鮫田さんのように取り組んでくださる方がいて非常に素晴らしいと思うと同時に、「もうこれくらいできて当たり前なんだろう」とも思っています。

「いままでこうしてきたから、こうじゃないといけない」ではなくて、ゼロから考えて「これはいけないから、こうしてやればいい」と工夫し、プライドをもって取り組める農家は全国に潜在的にたくさんいらっしゃると思うので、この活動がどんどん広がっていくのを楽しみにしています。

星川:いまのエールについて、鮫田さん、どうですか?

鮫田:平先生の意見に同感というか似ているんですけども、私は日々現場で農家の方を相手にしているので、農家とはどういうものかを肌身で感じていると思います。もちろん農業をやるのは農家ですから、農家の方の頑張りや意識も大変重要なことですけども、むしろ農家が「ネオニコチノイドを使わない」あるいは「有機に転換する」と決めたときに、たとえば私のような行政職員や県の技術職、国など、農家の方を支援する人たちの働きかけがあれば、農家が農薬から離れることはいかようにも実現できるというふうに思っています。

星川:これは、農薬の規制が日本で進まないこととも非常に大きく関連していると僕は思うんです。いま鮫田さんが言われたことは本当で、ただし行政の側でも農協の側でも、良心のある方々が何かしようとしてもできない阻害要因みたいなものがある気がします。そこを鮫田さんはいろいろな工夫で突き破ってきた経験をお持ちだと思うんですね。その経験がすごく大事なので、こういうことが難しかったけれども、こうやって乗り越えたというようなエピソードがあれば教えてください。

鮫田:私の仕事は、やっぱり一貫して農家とともにある仕事だと思うんですよね。私が直接「説教する」じゃないけれど、口で言って聞かせることは、必ずしもプラスにならないと思っています。ところが、熱心な講演や指導など、いろいろな形でいすみ市のためにご支援いただいた稲葉先生の話すことであると、やっぱり農家の方たちもよく耳を傾けていただけたと思うんです。

そのなかには、必ずしも薬剤防除しなくても、クモやカエルなど害虫を捕食する天敵の生物がいれば、そんなに虫食いの被害はありませんよという話もありました。やってみようと呼びかけても、応えてくれる農家は最初は少なかったのですが、実際にやると、むしろ薬剤防除をしたところよりも害虫被害が少なかったんです。そういう実感がやっぱりある。私もその実感を農家と共有しています。

いすみ市では、有機栽培と慣行栽培を併用しながら、毎年有機栽培の田んぼの割合を増やしている方々が中心ですが、いまは慣行栽培の米づくりでも殺虫剤を使う人はほとんどいないんですよ。やっても別に変わらない実感があるんですよね。そこにコストや手間をかけて、あるいは消費者のみなさんや周辺の人に迷惑をかけてまでやるのはおかしいという実感をもっている。そういう一つひとつの体験なり実感なりを、ともに経験して広めていくことが功を奏しているんじゃないかなと思います。

星川:実感ですよね。観念や理念だけの闘いではないということですね。農薬の規制にもそういうことが言えそうな気がします。今日の質問にも「なんでこんな危ないものが農薬として使われていて規制されないの?」という問いが多くあるのですが、平さんは研究者の実感として、どう思われますか?

平:農薬は認可されるまでは結構大変なのですが、一度認可したら基本的によほど何かない限りは絶対禁止にはしません。だから逆に、もうそんな農薬は売れなくなってしまえばいいわけです。万が一にも要ることもあるかもしれないので、製造中止の判断はなかなかしにくいんだろうと思うんですね。でも、実際に使ったら周りから顰蹙(ひんしゅく)をかうし、消費者にも嫌われるからなるべく使わないというふうにシフトしていければいいと思っています。それで、もし使う量が10分の1になれば、それだけヒトへの負荷が減りますし、100分の1になればもっと減ります。完全に禁止するのはすごくハードルが高いことなので、逆に「そんなもの、うちは使いませんよ」という感じでいくのがいいのかなと思います。

国が「もう禁止する」と言ったらよっぽどですから、それまで待っていたらみんな死んじゃいます。子どもを元気に育てたかったら、その地域ではなるべく農薬を減らすしか選択はありません。農薬を使いながら子どもを元気に育てるなんて無理です。とくに地方では子どもが減っているわけですから、せっかく生まれてきた子どもを元気に育てるなら、少なくとも「農業で必要だから」とネオニコチノイドをバカスカ撒いていたらダメです。いかにして減らせるかということを一生懸命考えればいいので、国が禁止してくれるのを待っているのはバカみたいですよ。

星川:生産現場、それから消費者のほうでも、それを避けていくことが先だということですよね。

平:昔と違って、いまはこういう情報が伝わるのは早いわけです。昔だったら農家は「そんなこと聞いたことがない」と言っていればおしまいでしたけど、いまは「知らなかった」では済まないです。「知っているのに使っている人」になるんです。みなさんがこうやってスマホを持つようになって、こういう発表にもアクセスできるようになりました。知らないこと自体が、そういう農薬を使う資格がないと考えることもできると、私はそんなふうに考えています。

星川:平さんの言われることは僕も正論だと思うのですが、たとえば農業の現場の人たちからすると、個々に「うちはやめるんだ」と判断することは、やっぱりなかなかハードルが高い。いすみ市が成功してきた理由のひとつは、システムというか体制を作って、行政でも後押しをしつつ、稲葉さんという第三者が入って、最初から「点ではなく面」として進めてきたことが、かなりの成功要因だったと考えていいのでしょうか。

鮫田:それはすごく重要なことだと思うんですよね。いすみ市の場合は、市長が旗振り役になったのがものすごく大きいと思います。害悪を排除することだけを焦点化せず、そこから脱却できる地域を目指していくことで、「じゃあ有機をやっていこう」と。悪いことだけで話を終わらせず、「もっと、よりいい町にしようよ」というきっかけになっていますし、学校給食のおかげで市民からも直接的な関心を得られていて、この取り組みを通して農家の生産も広がっています。話と話の闘いじゃなくて、実態が伴ってきて、「なるほど、いいものだ」と広がってきたところが大事じゃないかなと思います。

星川:そうですね。個や点の戦いにしないで、関心のある人たちがなるべく手をつなぎ、行政や農家の皆さんを敵にしないで一緒に地域社会をよくしていく。その方向性のなかのひとつとして、「これは外せないよ」という形で農薬をやめていければベストだという気がします。

登壇者からのメッセージ

星川:平さん、鮫田さんから、最後にひと言ずついただけますでしょうか。

平:なかなかネオニコチノイドの話は人に広まりにくくて苦戦しています。でも、ダメなものはダメなので、これからも、みなさま少しでもご協力をよろしくお願いします。

鮫田:「より望ましい生産」は「より望ましい消費」に支えられているのは間違いのないことですので、平先生から伺ったことなどを周りの方にもぜひ共有していただきたいと思います。そして、「より望ましい生産物」というものが何かがわかったのであれば、そういったものを買い支えていただき、農家、農業を支えていただきたいと思っています。

星川:どうもありがとうございました。
 


 

質疑応答

星川:平さんに「ネオニコチノイド系農薬を使った農産物はどうやって見分けるのですか」「自分がネオニコチノイド系農薬に侵されているかを、どうやって検査するのですか」という質問が来ています。

平:見た目では絶対にわかりません。「ネオニコフリー」と表示している団体もあるくらいで、そういう表示がない限り絶対わかりません。ただ、減農薬栽培では大体ネオニコチノイドを使っていると思ってください。なので、逆に減農薬は手を出さないほうがいいです。

自分の体にどのくらい入っているかを知るには、一番わかりやすいのは手が震えるかどうかです。手をぎゅっと握って何気なく開いて、その手がプルプルと震えていたら、ちょっと危ないかもしれません。尿や血液を調べればわかるのですが、いま日本では臨床研究の倫理指針がすごく厳しくなっていて、調べることはできても結果をご本人にお知らせできません。たとえば検査センターがビジネスとして始めればできるんでしょうけども、少なくとも研究者レベルでそれはできません。うちの病院に来ていただいても、「ちょっとそれはできかねる」という風になります。それは純粋に臨床研究の倫理委員会のせいです。

先ほど挙げたような症状がたくさんあるなら、食べるものを見直していただけば、大体一カ月も経つとネオニコチノイドも結構抜けてきます。それで体調がよくなったなとか、頭がすっきりしたなと思ったら、多分ネオニコチノイドのせいだったのだろうと思っていただければいいと思います。やめると頭がすっきりしてくるみたいですね。あと、ペットボトルのお茶を水代わりに飲むのはやめたほうがいいと思います。以前、ペットボトルのお茶の残留農薬がすごく問題になったことがありました。いまはだいぶ減っていますが、それでもそこそこ出ています。いまペットボトルのお茶は前より小さいサイズになっていますよね。あれは、あくまでも少し飲むだけのもので、水代わりに飲むものではありません。

星川:たくさん飲む人は有機のお茶を飲んでください、ということですね。それから、たとえば動物医療とネオニコチノイドの関係ではどんなことが言えますか?

平:ノミ駆除に使われていますね。犬にイミダクロプリドをスポット投与するとか、ニテンプラムを飲ませることがあるんですけど、やはりそれはヒトの曝露とも関わってしまうので、あまりよろしくないと思います。それから、いまはあまり使われていないフィプロニルは、ネオニコノイド系ではないですが、確実に犬や猫に吸収されて彼らの脳を狂わせるという実験結果が出ています。ですから、フィプロニルやネオニコノイドは使わないほうがいいということにはなっています。

星川:鮫田さんに、「給食の献立は事前に計画されるのに、気象条件など安定供給は可能なんでしょうか。段階的に導入されるときに、全校への公平な分配はどうされたのでしょうか」という質問があります。

鮫田:たとえば「来月の10日のコマツナを誰が納めるか」というのを、当番を決めてやっているのですけども、もし長雨などで納められなさそうであれば、事前に連絡がくることになっています。間に直売所が入って、献立に穴をあけないように不足分を地産品から優先的に調達してくれています。いすみ市の場合は、小学校が9校、中学校が3校あるのですが、給食の供給はひとつの学校給食センターがやっていますので、同じ材料、同じメニューがすべての学校に公平に配られる形になっています。

星川:どこの地域だったかは忘れましたが、有機給食の場合には献立を事前に決めないで、あるもので作るというケースも聞いたことあります。

鮫田:いすみ市の場合は、たとえば有機で納めるはずだったニンジンが足りないということになったら、直売所が有機に限らず慣行栽培のニンジンも併せて、一日に必要な量をまとめて学校給食センターに納めるようになっています。

星川:なるほど、ありがとうございます。

当日会場での質疑応答に加え、参加者からメールでいただいた質問にも、登壇者のお二人が個別に回答してくださいました。その中から一部を抜粋して掲載します。

平さんへの質問

Q:体に取り込まれたネオニコチノイドの排出に役立つ食べものや行動は何かありますか?

平:食べなければ自然に体からいずれ出ていきます。続けて食べないのが一番です。よくないのは、果物とお茶を主体とした食生活です。タンパク質や鉄分が不足すると、低タンパク血症、貧血が生じ、体内に吸収されたネオニコがアルブミンやヘモグロビンから遊離して、脳に移行しやすくなります。ご飯とおかずをしっかり食べた上で、おまけとして果物や茶飲料を少なめに摂取されることをお勧めします

Q:毛髪を調べたフィリピンの住民とは、農薬を使用している農家とは別の住民でしょうか。また、尿や血液ではなく毛髪を調べるものなのでしょうか?

平:フィリピンでサンプリングした成人男性は、農業労働者が主体、成人女性は主婦が多く、子どもは学童期の子どもです。尿については、世界的な調査結果がたくさんありますが、毛髪はまだ分析できるところが少ないので、ほとんどデータがありません。フィリピンでは尿も測っていて、論文として近々発表される予定です。尿よりも毛髪の方がはるかにネオニコ検出率が高く、尿は急性暴露、毛髪は慢性暴露の指標として有用と考えられました。実は欧州の一部の男性の毛髪のネオニコ濃度は、フィリピンの農民より高いです。多分、日本も同様でしょう。続けてたくさんネオニコを使っている国では、毛髪の濃度が高く、おそらく脳の濃度もそれに並行して高いと予想されます。

Q:本日平先生に報告いただいた実験が、農薬の残留値設定などの際には行なわれていないという理解でよろしいでしょうか。またそうした実験が不要とされているならば、その理由は何でしょうか?

平:ごく最近の論文ですので、残留値設定の議論では考慮されていません。これからのお話です。農薬評価の基準はOECDで決められているものがベースで、日本が独自の基準を追加することは不可能ではありませんが、それをOECDのデータにするには、長い道のりが必要です。日本が採用した方法を、世界各国が採用するようになれば、OECDの基準もそれを追認する形にはなる可能性があります。日本でしかできない検査というのは世界的になりにくいというジレンマがあります。いい意味での競争原理が働けば、早期に実現する可能性もなくはないので、中国やアメリカ、スイスなどの研究者の頑張りに期待しています。

Q:ネオニコを減らすことは、ネオニコ以上に有毒な有機リンを使うことにつながる危険性があるため、慎重に進めていく必要があると聞いたことがありますが、いかがでしょうか。

平:有機リン系殺虫剤の使用削減のためにネオニコ使用を学者が促したという苦い経験に、私たちは真摯に向き合う必要があると思います。有機リン系殺虫剤の時代に戻るというのは一つの選択肢ではありますが、それは農家が自分と地域の人の健康を犠牲にして農業を持続させるということです。有機リンは慢性中毒を起こし、農家や周辺の人を心身ともに蝕みます。ネオニコがダメならそのかわりの殺虫剤という発想が終わりなき無限のループを生み、ヒトも生態系も損なわれていく原因となります。今あるものを手放しがたいのは人の常で、使う理由はいくらでも見つけられますが、子どもを守るためにはそこを乗り越えていく必要があります。

鮫田さんへの質問

Q:いすみ市では全量有機無農薬米を使用するまでに、また現在、有機無農薬野菜を導入するにあたり、学校ごとにどのように分配されてきたのでしょうか?自治体に段階的な導入をお願いすると、「一度に供給できる量がないから平等性が確保できない、だからできない」と言われてしまいます。

鮫田:いすみ市の場合、一つのセンターが全小中学校に提供していますので、そういった問題はありませんでした。一度に提供できそうな品目は本当にないのでしょうか。詳細な検討をしていないように思います。もし本当になくても、一日当たりのロットではどうでしょうか。仮に一日あたりのロットの半分でも、それ以下でも、集まった量に不足分は一般農産物を足して提供することも可能です。平等性が確保されないというのであれば、各校順番でもできますし、当面は積極的に公表しなければ保護者から文句が出ることは考えられません。

私は、まずモデル的にやれるところで仕組みを作って、他のセンターに水平展開させていくというのが現実的なプロセスであると考えています。総じてやる気がればやれるところからできます。やれない理由を述べている以上、やる気がないということだと思います。落胆せずにいてください。やる気になっていただけるような働きかけを、決してあきらめずに長い目で続けていっていただきたく思います。

Q:いすみ市の連絡協議会はどのようにして組織されたのでしょうか? トップダウンで進められたのでしょうか。また有機食材を使用するにあたり、給食調理の現場で反対や困難はありませんでしたか? あった場合、どのように解消されましたか?

鮫田:設立の発端はトップダウンです。環境保全のための既設の協議会に、農業関係団体が加わるかたちで設立されました。有機野菜は他の野菜に比べ1回多く洗っていただいています。裁断機械の規格に合わない野菜は、一部、手切りで対応していただいています。調理の現場、調達の係、さまざまな方々の努力があって、初めて地産地消有機の学校給食が成り立っています。生産者と調理側、双方が一致団結して、子どもたちにより良い給食を提供しています。

Q:「学校給食に地元の有機野菜を」と訴えているのですが、実現しません。役所のどの部署に訴えればよいでしょう。

鮫田:オーガニック給食を進めてきた自治体の多くは、農政部門が主導してきたケースがほとんどだと思います。教育委員会が主導したケースは非常に少ないと思います。いすみ市もそうです。そのような点からいえば、教育行政よりも農政部門の方が話が通じやすいかもしれません。

市民主体で運動に取り組まれている方々で、首長さんと面会して、直接要望される方も多くいらっしゃると伺っています。これは効果があると思っています。実現までには多くの工程があり、すぐに実現するという性質のものではありませんが、ニーズがあるということを伝えることは必要だと思います。臆せず伝えるべきだと思います。また、すぐに前向きに回答を得られなくても、気を落とす必要はありません。行政というものは、よく言えば慎重、悪く言えば臆病なものです。共感を広げて仲間を増やす活動を続けていくことが必要であると思います。また、食の安全はもちろんですが、それ以外にもオーガニック給食を進めることで、たくさん良い効果が得られます。主張や議論を狭めないこともポイントであると思います。

Q:いすみ市において、農家さんが有機化へ取り組んでくれた原動力を伺いたいです。

鮫田:原動力が何であったか、農家一人ひとりに聞いてみたいものですが、人によって異なっているだろうと思います。しかし、実際に聞いてみなくてもそれぞれの農家がどう言うか、私には予想がつきます。取り組み開始当初から農家一人ひとりとともにあり、何があっても自ら率先して解決にあたり、ともに前進する姿勢を貫いてきました。今日にあっても日々、大小さまざまな課題の解決に一体となって取り組んでいます。小さなことの積み重ねが実績となり、道筋となり、大きな成果と未来への希望に結びついています。オーガニック給食は、今ではいすみ市のアイデンティティの一つになっていますが、実態は個々人どうしの強い信頼関係で構築されています。