ネオニコチノイド系農薬問題の概要
ネオニコチノイド系農薬は現在世界でもっとも広く使われている殺虫剤です。ニコチンに似た成分で標的害虫の神経伝達を阻害する作用があり、1990年代から新しい農薬として市場に出回り始めました。一般にネオニコチノイドと呼ばれる化合物は7種類(アセタミプリド、イミダクロプリド、クロチアニジン、ジノテフラン、チアクロプリド、チアメトキサム、ニテンピラム)ですが、これらを主成分とする農薬・殺虫剤はさまざまな形状や製品名で販売されています。また、「ネオニコチノイド系農薬」の問題点を考える際には、同じ浸透性農薬であるフィプロニル(フェニルピラゾール系)や、類似した作用をもつ新規登録農薬のスルホキサフロル(スルホキシイミン系)、トリフルメゾピリム(メソイオン系)、フルピラジフロン(ブテノライド系)、フルピリミン(ピリジリデン系)も含める必要があります。
物質名 | 代表的な商品名 | 分類 |
---|---|---|
イミダクロプリド | アドマイヤー | ネオニコチノイド |
アセタミプリド | モスピラン | ネオニコチノイド |
ニテンピラム | ベストガード | ネオニコチノイド |
チアメトキサム | アクタラ | ネオニコチノイド |
チアクロプリド | バリアード | ネオニコチノイド |
クロチアニジン | ダントツ、ベニカ | ネオニコチノイド |
ジノテフラン | スタークル、アルバリン | ネオニコチノイド |
フルピラジフロン | シバント | ブテノライド |
スルホキサフロル | エクシード、トランスフフォーム | スルホキシイミン |
トリフルメゾピリム | ゼクサロン、ピラキサルト | メソイオン |
フルピリミン | リディア、エミリア | ピリジリデン |
日本で使用されているネオニコチノイドと類似物質
ネオニコチノイド系農薬は神経伝達を攪乱する作用(神経毒性※1)をもつ殺虫剤です。開発当初、この農薬は脊椎動物と比較すると昆虫に対して選択的に効くと考えられていました。そのためヒトには安全であるとされ、ヒトへの毒性の高い有機リン系の農薬に代わる殺虫剤として重宝されます。2000年代から農業をはじめ家庭用の殺虫剤やペット用のノミ取り剤や建材のシロアリ防止剤などに幅広く商品展開されました。さらに、水に溶けて根から葉先まで植物の全体に行きわたり(浸透性※2)、長期間植物に留まる(残留性※3)ため、「一度で長く効く」効果的な農薬と宣伝されました。その結果、現在では水田・畑・果樹園のほか、身近な公園や街路樹の殺虫にも用いられています。
しかし、ネオニコチノイド系農薬の使用拡大と同時期に、世界各地でハチの大量死が相次いで報告されるようになりました。ハチは花粉を媒介するため農業を行なう上で重要な役割を担います。そのため、ヨーロッパではいち早く2000年代初頭からネオニコチノイド系農薬の使用を規制する動きが始まります。2013年半ばには、欧州委員会が3種類のネオニコチノイド系農薬(イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサム)に加え、似た性質を持つフィプロニルの使用について、同年末から2年間の暫定規制を決定しました。この決定は、科学的証拠は十分ではないものの、環境と生命に多大な影響を及ぼす可能性が高いと想定される場合に適応される予防原則※4に基づいたものです。代わりとなる安全な農薬がなく、ハチの大量死とネオニコチノイド系農薬との直接的な因果関係の立証が科学的に未確定な中、ネオニコチノイド系農薬の包括的な規制に向けて一歩踏み出す決定でした。その後、2017年にはフィプロニルの登録更新がメーカー側によって断念され、2018年には欧州委員会が暫定禁止期間中に募集・蓄積した科学的な知見に基づいたうえで、3種のネオニコチノイド系農薬の使用禁止を決定しました。2019年にはチアクロプリドの再登録が非承認となり、EUで現在使用が認められているネオニコチノイド系農薬はアセタミプリドのみとなっています。
リスクの表面化と欧米での規制
ネオニコチノイド系の農薬が市販され始めた当初、長期的な毒性やヒトを含む生態系への影響はほとんどわかっておらず、安全性が明確に示されないまま大量に使われてきました。しかし、環境中での広範な残留が報告されるとともに、ハチにとどまらない生態系全体への影響が問題となり、近年ではヒトへの影響も徐々にその仕組みが明らかになってきました。とくに、低用量でも長期的にさらされることで生じる生物への悪影響がこの農薬特有の問題となっています。
各国での規制が進む中、日本ではネオニコチノイド系農薬問題への認識が低く、現時点でネオニコチノイドの使用そのものに対する規制がないうえ、作物に対する使用量の上限値が緩和されるなど他の先進諸国とは逆の動きも見られます。また、ネオニコチノイド系農薬の残留基準もヨーロッパの数倍から数百倍に達する場合が多いため、日本の生態系に大きな影響を与えている可能性があります。さらに、ネオニコチノイド系農薬が使われた農作物を購入し、洗っても落ちないネオニコチノイドを大量摂取することで、人体への影響も懸念されます。まずは一人ひとりがこの問題に対する理解を深めることが大切ではないでしょうか。
※1 神経毒性:摂取すると神経細胞に作用する毒を持つ性質。ネオニコチノイドの場合、神経細胞にあるニコチン性アセチルコリン受容体に作用し、興奮状態を持続させ、死に至ることもある。
※2 浸透性:水溶性の殺虫剤で、水と共に根などから植物に取り込まれ、組織の隅々まで浸透する。(殺虫剤の多くは脂溶性なので、植物の表面に散布されても植物内部に浸透しない。)
※3 残留性:自然に分解されにくく、同じ化学形態でとどまりやすい性質。
※4 予防原則:環境や人の健康に対して深刻な悪影響が発生するおそれがある場合には、科学的な因果関係が十分に証明されていなくても、予防措置をとることを延期してはならないという考え方。